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2人の新しい夫婦のカタチ

2024年10月11日

今日は私たち夫婦の結婚記念日です。
結婚してからまるっと25年間。
思い返すと、出会ってから今日に至るまで、2人の間には2人にしかわからない色んな出来事が沢山ありました。

ワイさんは22歳という若さで愛蘭を出産し、母となりました。

その後、第二子となる俐皇明も出産し、更には異国の地である『シンガポール』に移住してからも、母として2人の子供を育て、妻として私のサポートにと、とにかく尽力してくれました。

娘の愛蘭は画家を目指し、ロンドン芸術大学(セントマーチン/ファインアート科)に現役で入学。卒業後の現在もロンドンに残り社会人になりました。

息子の俐皇明はシンガポール大学に入学し、現在は寮生活をしながらキャンパスライフを送っています。

若い頃から今まで『自分の時間』というものを、ある意味で犠牲にして、2人の子供の子育て、家族の為に頑張ってくれました。
本当に感謝しています。


ロンドン語学留学帰りで焼肉屋さんに直行

俺はそんなワイさんのお陰様で、『やりたい事を好きなだけ自由にやらせてもらえる。』という環境を与えてもらえ、仕事でそれなりの成果を出す事ができ、今の今までやって来れました。

子供達も大きくなって手が離れ出した頃に、世界中がコロナ禍になり、海外に行けずにプツンと緊張の糸が切れた私は、日本の仕事から離れ『セミリタイア』という道を選択しました。

『仕事』を辞めて『時間』を手に入れた私たち夫婦は、それから夫婦2人だけの生活を楽しんできました。


2人で一緒にバイクの免許を取りに行って、バイクを買って北海道を一周したり、沖縄とか金沢とか、他にも色んな地方に2人で一緒に旅行に行ったり、とにかくコロナ禍の3年間は四六時中一緒に毎日を楽しく過ごしました。

コロナ禍が明けてからは、海外に行ける様になり、ワイさんはロンドンに留学に行ったり、私は上海の大学に留学に行ったりして、今度は『それぞれ別々にやりたい事を謳歌する』という時間を過ごす事が出来ました。


俐皇明のシンガポールの高校ACSの卒業式

そんな変化していく生活スタイルの中で、私達は『夫婦』というカタチで『相互依存』するのでは無く、それぞれが『自立していいる』という感覚を得ている実感もあり、『これからの人生の幸福』についても、話す様になりました。

その結果、ここから先の未来は、『それぞれの人生を自由に、そして思いっきり楽しめる様に。』という事で、『夫婦』という関係はそのままにした上で、『別々に暮らす。』という生き方を選択することになりました。

世間一般の既成概念にとらわれない『2人だけの夫婦のカタチ』だと互いに納得して出した答えです。


愛蘭の一時帰国の時に日本旅行


まぁ、とは言え、もしかしたら、『結局、また一緒に暮らしてんじゃん!』って事もあるかもしれないですし、それぞれに新しいパートナーが出来ている可能性もあるかもしれません。

それはその時の自然の流れって事で、まぁ、その時に考えればどうにかなるだろうという事で、過去にとらわれず、とにかく未来を見ていこうと。

俺たち夫婦が『離婚』というカタチを選択しなかったのは、今の時点では、まだまだお互いに『リスペクト』や『絆』もあるし、ただただ、生活スタイルとして『別居してお互いに自由に生きる。』というカタチを選んだだけ。というのが大きな理由です。

とにかく、今この瞬間はこの様なカタチが2人にとってのベストな生き方であるという事で、周りからどう思われようとも、なんと言われようとも、これが私たち夫婦2人の生き方として最適なカタチなわけです。

私たち夫婦2人の生活を楽しく見てくれていた人も居ると思いますが、『2人らしい決断だな。』という感じで理解していただければ幸いです。


patayaでのんびり生活

これからも、ちょくちょくタイムラインやストーリーには私たち夫婦2人の姿が当たり前の様に上がってくるとは思いますが、25年間という夫婦生活の中で『そういう関係のフェーズに2人が到達した。』という事でご理解ください。

この話題は私たち2人にとってはタブーな話でも無いので、近しい人たちはお気を使わず、顔を合わせた時にでも話題の一つとして話を振って下さい。笑

なんの報告もなしで、友人や関係者の方に変な気を使わせる(使われる)のも嫌なので、ここでオープンにしておこうと思い、一応ここで報告する事にしました。


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