地球あやうし

コーネリアスこと小山田圭吾さんへの批判がものすごい。

コーネリアスファンは、オリンピックの音楽担当として発表された際に「これは、やばいぞ。ネットニュースになっちゃうのでは」と思った人も多いはず。

元々人間性が好きで音楽を聴いてはない。音楽そのもののレベルが凄すぎて聴いてるファンが多い印象。

悪い予想は見事に当たって、大変な騒ぎになっている。

27年前に10年前の話をしてるとしたら、もう約40年前の話だ。

やった過去は全く擁護できないし、これを嬉々として記事に残したロキノンも当時どうかしてる。この記事が出た時はまだフジロックも始まっていない。ロックの大衆性は今より獲得できておらず一部の人の趣味だった。ロック音楽の不良性は「これ、大丈夫なの?」ってものを含めて色々な要素が混在してた時期だと思う。

にしても、と思ってしまう。

今や匿名のネットの声が政治すら変えてしまう時代だ。そんなネット民にとって、恰好の話題なのは言うまでもない。「いいネタ見つけた感」がすごすぎる。

なんせ、この過去をコーネリアスファンとしては擁護できない(する気もない)っていう状態。

オリンピックも、ただでさえ炎上しやすいのに小山田さんを選んだのもやっぱり危機管理能力に欠ける。

でも、今回に関しては今まで小山田さんを知る由もなかった人からの砲撃があまりに醜すぎると思うのは自分だけではないなと思う。

Twitterでは「小山田」と入力すると、「小山田 死ね」とトレンドが上がってくる。異常すぎる。いじめを断罪するコメントが「死ね」って、まじでやばすぎる。

オリンピックならなんでも言っていいのか?

最近ネットが急発達して色んな声が可視化できるようになった。そんな中で思うのは今までも一般国民は似たようなことを思い、でも言う場所が無かっただけなんだな、ということ。

何かが国民を変えたわけではなく、今まで見えなかった国民の性格が見えるようになっただけなんだな。

日本でオリンピックは開かれるべきではなかったとすら思った。コロナが大変だから中止しろ、ということとは論点別で、こんな性格の悪い国民しかいない国でオリンピックは開催されてはいけないと痛感している。

何にでも謝罪を要求し不満が噴出するクレーマー体質が蔓延しているのが日本なのかな。なんだか、自分たちで自国の評判落としてるような気がする。こんな国に誰が憧れて、誰が来たいと思うの?

かなりうんざり、絶望しています。

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