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十三本目 『ヨーロッパの技術指導』

今回のDJMでは、僕自身が技術指導をするときに重要視していることについて書いていきます。

早速キーワードだけ書いておきます
①分析→細分化
②仮説思考→根拠づけ
③単一的→複合的

これらのキーワードをもとに自分がドイツでどのように技術指導をしているのか紹介したいと思います。

それではまいりましょう。「はじめ!」

日本とドイツの指導方法の違い

まずは日本とドイツの指導方法と教育制度の背景を比較してみましょう。

以前"judo3.0"のオンラインカフェというイベントで追手門大学大学院の有山篤利教授が登壇されて日本と欧米の教育制度の違いについてとても興味深いお話を聞くことができました。

日本の伝統的な教育制度では以下の順序に沿って技術の習得が行われます。

⑴指導者の動きや形の模倣=実践
⑵反復練習=量的変化
⑶原理の理解=質的変化

それに対して欧米の近代的教育制度では以下のような順序で技術の習得が行われます。

⑴技術の意味・意義の理解 / 知識の習得=考察
⑵原理の理解=質的変化
⑶反復練習=量的変化

これはどちらが正しいということではなく、技術の習得には違ったアプローチ方法があってその人に合ったものを選べばいいということです。

日本とドイツ、両方の柔道に携わってきたことでこの二つの指導方針の違いを身を以て体験することができました。そしてその背景にはその国の教育制度や文化の違いなども大きく影響しているのだと思います。

日本とドイツの教育制度の違い

日本の教育制度はたいていの場合、教員が教壇に立ち、生徒に向けて一方的に情報を発信するというものであったように思います。今は変わりつつあるのかもしれませんが。

そして生徒はその与えられた情報を暗記し、その記憶を定期試験で測るというやり方がほとんどではないでしょうか。

それに対してドイツの教育では、頻繁に生徒どうしのディベートや教員との質疑応答のやりとりが見られます。教員から受け取った情報をどのように自分の立場や状況に置き換えて実際に役立てるかなどの知識の応用力が問われます。

また定期試験などではもちろん筆記試験もありますが、口頭テストもあり、提出した課題やレポートについてなぜそのように考えこの結果にいたったのかという思考の過程や根拠づけの説明が必要になります。

僕自身ドイツに来てから、アカデミーの講義で先生や他生徒ととのディスカッションや、柔道の指導方法について他の指導者の方々と意見交換をするなど、自発的に情報発信をする機会が幾度となくありました。

そもそも内容理解のためのドイツ語→日本語の変換だけでも忙しいのに、そこに自分の意見を日本語→ドイツ語に変換する作業が加わるのでめちゃめちゃ頭使います。

しかしその環境のおかげもあってか、自分の思考方法や指導方針はかなり欧米寄りのものになっているように思います。

これまでDJMを読んでくださっている方は心当たりがあるかもしれませんが、とにかく練習内容を考えるにしても、技術指導を行うにしてもその行為に意味や根拠がないと落ち着かないようになってしまいました。

とにかく何を教えるにしてもWhy?を考えてしまいます。しかし物事の原理・道理を深く理解するためにはいい習慣だと思っています。

それでは日本とドイツのおおまかな教育制度の背景がわかったのでさっそく本題へとまいりましょう。

技術の分析

ある投げ技の指導をする場合、まずはその技を分析するのですが、その時に初めに行う作業が技の細分化になります。技の細分化とは、ある技を時間軸機能軸で分割することです。

時間軸での分割とは技をフェーズごとに分けて考えることで、柔道にはこの概念として『崩し・作り・掛け』という考え方があるので理解は簡単だと思います。しかしこの3つのフェーズははっきりと境界線があるわけではなく、ほとんどの場合時間的に重なり合っている部分も多いので、そこは自分で勝手に基準を決めて分割しています。

次に機能軸の分割とは、技の実行中に機能を果たすものを役割ごとに分割するということです。例えば柔道で言うと、『引手・釣手・軸足・利き足』でこの役割を分割できると考えています。もっと細かく分割はできますが、ここではより簡単に理解するためにこの分割としました。

例として背負投を細分化した図を貼っておきます。

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このように細分化してみるとどのフェーズでどの機能がどのような役割を果たしているのかということが見えやすくなります。

そして細分化ができれば役割ごとの機能がなぜ行われるかという根拠づけをしていきます。

仮説思考を持つ

ここから各機能のそれぞれのアクションに対して意味づけをしてきます。

例えば、背負投の打ち込みを行う場合、崩しの準備段階として相手との間に十分な距離を取り、両手で下方向に負荷を与えるというアクションがあります。この時になぜその行動が必要なのかという理由を考えます。

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・距離をとれば自然と体重がつま先側にかかる
・つま先側に体重がかかることで動き出しが速くなる
・相手と距離を取ることで相手の重心の下に潜り込むまでに十分な加速が見込める
・自身と相手の間にある空間を活かして余裕を持って体を回転させる
・下方向へ負荷を与えることで上方向への抵抗を生み出す
・その抵抗力利用して相手を効率よく崩す

などが理由として挙げられるでしょうか。
ここでは絶対に正しい答えを出す必要はなく、とにかく「こうじゃないかな?」という仮説を立てていきます。後々その仮説だと辻褄が合わなくなるなんてことはありますが、その都度に修正して新たな仮説を立てていけば大丈夫です。

こんな感じで全てのフェーズのそれぞれの動きに仮説的に意味づけをしていくことで、理にかなっている行動とそうでないものを識別することができます。

これが仮説思考根拠づけの作業です。

運動の簡素化

ここからヨーロッパと日本での指導方法の違いがはっきりと出てくるかと思います。

先ほどの背負投の細分化した図を見てもらうとわかるように、柔道の投技において、体の各部位は同時に異なった役割を担っており、さらに技の進行とともにその機能も変化していくという、かなり複雑で複合的な動きだと言えます。

日本の場合は、とにかく指導者の手本となる動きを真似て、教えられたように打ち込みや投げ込みを繰り返すことで大枠の技の形を作ってから、さらにその技に磨きをかけていく、というスタイルが多いかと思います。(実践と反復練習)

ドイツでの僕の指導では、技の導入として、この複合的な動きを時間軸で分割したフェーズ毎の動きの練習、もしくは機能軸で分割した役割毎の部分練習を行っています。

フェーズ毎の動きの練習に関しては日本でも行われており、打ち込みなんかは崩し作りの部分を切り取った運動ですし、引き出しの動作などは崩しの部分のみを切り取った運動と言えます。

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しかし、この時間軸に加えて機能軸の概念を組み合わせることで練習のバリーエションを増やすことができ、さらに特定の機能にフォーカスした練習が可能になります。

例えば背負投の場面で、

生徒:自分と相手の重心の位置関係がどのように技に作用するかを理解しておらず、相手の重心の下に自分の重心をうまく潜り込ませることができない

指導者:生徒の重心が相手のものよりも低い場所に位置し、真下から力を加えることで効率よく相手の体を持ち上げらるということを教えたい

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このときに役割として存在している釣手を除外し、引手と体捌きのみで投げ込みをさせます。するとうまく潜り込まなければ、引手の力のみで相手を持ち上げることが難しく、無理に投げようとすると相手の体が横に流れてしまい、うまくコントロールすることが難しくなると思います。

そこで指導者はこの練習の目的として受け・取り両者の重心の位置関係の説明をします。生徒はその目的を聞かされたるうえで技の練習をするので、論理的かつ体感的に技を理解することができます。釣手を持っていないので余裕を持って回転し相手の重心の下に潜ることができるのもメリットと言えます。

このように機能軸の分割という概念は、特定の動きや機能をフォーカスし、改善するために必要な考え方だと言えます。

さらにはもっと細かく分割することで背負投に特化した専門的能力だけでなく様々な投げ技に必要な調整力を鍛えるための運動、つまり柔道の基礎となる全面的・多面的な能力の開発も可能となります。

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例を挙げると、

全面的能力:
様々な投技に共通する、引手を使っての引き上げ利き足での踏み出しの動作。

専門的能力:
背負投での釣手の関節の回旋のイメージを掴むために、利き足で一歩踏み込んで釣手を内旋させた状態をスタート位置とする。そこから軸足の後ろ交差による体の回転と腕の外旋による釣手のポジショニングの動作。

これらの単独練習のような動きをウォームアップとしてトレーニングプログラムに組み込むことで、各技の基盤となる動作の習得を促すこともできます。

この他にも組み合わせ・分割方法・技の種類を変えることでバラエティに富んだオリジナルの単独練習を作ることができるので考える方も楽しくなります。ぜひみなさんも試してみてください。

運動の複雑化

基礎となる動作ができるようになったら、さらに他の動作を組み合わせて簡単なものから複雑なものへとタスクを徐々に変化させることで技の完成を目指します。

技の一連の動作が完成したら、そこにさらに前後左右への移動や強度の変化などの条件を加えていきます。

このような手順を踏むことで、単一性タスク→複合性タスクの段階的変化による効率的な技術習得、そして多面的な条件下での技の実行による対応力の獲得が期待できると考えています。

何事にも言えることですが、いきなり複雑で難易度の高いことをやろうとすると、そのハードルの高さにモチベーションを保つことができずに嫌になったり、投げ出してしまう生徒をこれまで嫌という程見てきました。

特にドイツの子供には練習を強制するのはあり得ないことなので、生徒にとって練習を楽しく、満足なものにするためにはそれを指揮する指導者の努力と工夫が必要不可欠です。

なので単一的なタスクの達成→複合的なタスクの達成という原則を紹介させていただきました。

技術習得のプロセス

最後に技術の完成までのプロセスについてまとめていきます。
僕のドイツでの技術指導のプロセスを大まかに説明すると、

①技の細分化と分割された動きの部分練習
→全面的能力の強化と各機能の論理的理解の促進
②単一的タスクから複合的タスクへの移行
→専門的能力の開発
③複合的タスクの応用
→専門的能力の個別化・個性化

③についてはこれまであまり触れていませんが、成長段階にある選手にはなるべく多くの技術や運動に触れさせ、全面的能力のしっかりとした基盤を作った上で専門的な技術を身につけさせます。そこから各選手の骨格や階級にあった技をさらに追求して伸ばしていくというものです。

若い頃に同じ技ばかり練習していると、後に新しい技を身につけようとした時に、その動作の基礎ができていないと習得に時間がかかる恐れがあります。そうならないためにも子供のころには柔道に限らずその他の運動もさせ、自分の体の使い方の感覚を養うことがとても重要だと思います。

多面的な運動能力を身につけているということは調整力・対応力が著しく成長していることであり、すぐにいろんな技へ対応が可能になります。

なので柔道スタイルを決めるのは自分の全面的な開発が完了してからでも遅くないと僕は考えます。この辺は指導者によって意見が分かれるところだと思いますが…

最後に

というわけで今回の記事はここまでとなります。

まだまだこの解説がわかりにくいという読者の方もいると思うので近々実際に細分化した部分練習の方法などをYouTubeで投稿できればと思っています。

その際にはまたお知らせしますのでよろしくお願いします。

今回も長々とお付き合いいただきありがとうございました!

それまで。ではまた!

追記

技を細分化した部分練習の動画をYouTubeで公開しています。

『ドロップ背負投の導入』






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