新型コロナと大阪維新 "再"住民投票は何をもたらすか
いたるところに吉村知事の顔 大阪の雰囲気
2020年8月現在、新型コロナウイルスの感染が未だ止まらない。
こうした中、大阪維新の会代表代行の吉村洋文大阪府知事の人気が急上昇した。毎日新聞が5月6日と23日に行った世論調査によると、「新型コロナウイルス問題への対応で最も評価している政治家」として連続して吉村が一位となり、他のメディアの調査でも吉村は上位となっている。
筆者が久しぶりに大阪を訪れて驚いたことがある。大阪府内の土産店には、吉村の顔をプリントしたTシャツやグッズが売られ、関西ローカルのニュース番組は頻繁に吉村を生出演させるなど、大阪は今いたるところに"一政治家"である吉村の顔がある雰囲気となっている。
だが、吉村の高評価とは裏腹に大阪府の新型コロナウイルス感染者数は他県に比べて突出して増えており、7月28日には過去最高を記録した。政治的恣意性を排除する指標として掲げられた「大阪モデル」は、専門家にも諮らず基準変更が行われ、警戒度を示す「黄信号」「赤信号」とも点灯しづらくしてしまった。
大阪市内の病院で勤務するある看護師は、「吉村さんはテレビでいろいろ言っていますが、病院現場はマスクさえ足りていません。レインコートを使うこともあります」と憤る。
吉村のおひざ元である大阪府立の医療現場でも事態は深刻だ。6月に話を聞いたある看護師によると、「マスクや防護服の不足が深刻で、『マスクは週に2枚までにしてほしい』と言われたこともあります。『万が一、家族に感染させてしまったら…』と心配して家に帰らず、ホテルに泊まっている同僚もいる」という。
このように大阪での吉村人気と、現場の実態はまったく乖離しているのである。
病にあえぐ人々を助けてきた大阪市の歴史と文化
実は大阪市は長い歴史を見ると、先駆的な行政能力を発揮してきた。今、課題となっている感染症を例に見てみよう。
まず、大阪市は1886年のコレラ流行を受けて、1895年に市立桃山病院を設立している。
新型コロナウイルスと類似点が多く、大阪市天王寺区の一心寺に犠牲者の慰霊碑(下写真)がある100年前のスペイン風邪流行に対しては、大阪市が市内4カ所(南区今宮・北区西野田・西区岩崎町・東区玉造)に無料診療所を開設。役所・警察・衛生組合・方面委員(現在の民生委員)を通じて無料診察券と「流行性感冒予防の心得」を配布し、北区の市立消毒隔離所で患者の収容・治療を行なっている。
日本で初めて結核対策のため、1917年に刀根山療養所(豊中市)を設置したのも大阪市だ。
大阪の医療・公衆衛生機能を弱めてきた維新政治
保健所や公衆衛生分野は、平時はあまり注目されづらい。しかし、新型コロナウイルスによって大きな不安を抱えながら生活をしなければならなくなった今、医療・公衆衛生分野に対する政治の姿勢がどれほど大事かということに多くの人が気づいたはずだ。この点について、大阪での維新政治を振り返っておこう。
維新政治は2008年以来「公務員バッシング」を繰り返しながら、救命救急センターや大阪赤十字病院への補助金廃止、府立健康科学センターの廃止、大阪市の住吉市民病院廃止、府公衆衛生研究所と市環境科学研究所の統合など、大阪の医療・公衆衛生の公的機能を弱める政治をすすめてきたことで知られている。
元大阪維新の会代表の橋下徹は、「大阪府知事時代、大阪市長時代に徹底的な改革を断行し、有事の今、現場を疲弊させているところがあると思います。保健所、府立市立病院など」とTwitterで発信した。
また大阪維新の会代表の松井一郎が市長を務める大阪市は、特別定額給付金の給付が日本一遅いと批判されたが、なぜ遅かったのかといえば、たった13人の職員しか配置せず、民間に丸投げしたことが背景にあった。
自治体の公的役割を弱体化させてきた維新政治が、現在のコロナ対応にどれだけ悪影響となったのかは今後厳しく検証されなければならないし、大阪府で感染者が増加してもなお、医療や保健所、公衆衛生機能の本格的な強化に乗り出さない姿勢には驚かされる。
そして、このようなコロナ禍のさ中、大阪維新の会が力を入れているのが、大阪市を廃止し、4つの特別区に分割する案(「大阪都構想」)を問う再度の住民投票の強行実施だ。大阪府会・大阪市会での議決が濃厚であり、11月1日投票で行なわれる可能性が高まっている。
大阪市が廃止されれば自己責任の都市へと変貌
いまだ十分とは言えないが、大阪市は保健所の感染症対策課に新型コロナ対応に特化した50人規模の専門チームを立ち上げた。これにより、同課は100人体制に拡充され、大阪市内24区の区役所にある保健福祉センターとも連携がすすんでいる。
しかし、こうした大阪市の対応も、「大阪都構想」で大阪市が廃止されれば、再度弱体化する可能性が高い。なぜなら、大阪市が廃止・分割されることで病院と保健所の権限が知事と特別区に分かれ、中枢機能を強化した感染症対策課が4つの区に分割されるからだ。これは、コロナ禍の中で経験を積んだ保健所の組織を解体するに等しい。
先に述べたように大阪は、商業都市として発展していく中で病にあえぐ人々を助けようとしていた歴史と文化がある。
大阪維新の会が11月1日に実施を狙う大阪市を廃止し、4つの特別区に分割するかどうかを問う住民投票で、もし大阪市の廃止が多数となれば、これまで大阪が培ってきた歴史や文化は否定され、維新政治がこの10年間行なってきたような自己責任で人々を切り捨てる新自由主義の都市へと変貌していくだろう。
住民投票がこのまま実施されるとすれば、残り3ヶ月。
大阪の進路はこの国のポストコロナ社会の方向にも大きな影響を及ぼす。にもかかわらず、大阪市は住民に対して十分な説明会すら開こうとしていない。大阪市は責任を持って市民に説明する場をつくり、市民同士が積極的に議論していく環境を整えるべきだろう。