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部員全員が二刀流の軽音楽部
私が外部指導顧問を務めている大阪府立A高校軽音楽部(部員数は1,2年で30名)では、毎年4月、入部希望者に対して念を押して説明することがあります。
「ほとんどの新入部員は初心者です。安心してください。やりたい楽器パートを1つ選んで同学年の部員とバンドを結成して秋の文化祭ステージを目指します。」
まあ、ここまではどこの高校でもほぼ同様でしょう。
ここからが他の高校とは異なります。
「1年生の文化祭が終わったら、1年生部員は全員が2つ目の新しい楽器パートにチェンジします。そしてまた新しいバンドを結成して3月まで練習します。これは例外なく、全員そうしてもらいます。2年生以降はこの縛りはなくなります」
この時点で「え?そんな決まり有るの? 私はさあ、ドラムがうまくなりたくて高校に入ったら軽音楽部に入部しようと思ってたけど、秋から半年はドラム叩けないの?そんなのイヤだよ、やっぱ、入部はやめておこう」
みたいな子がチラホラ出てきます。
「自分の好きな日だけ来て、バンド練習できるクラブだと思ってた」
こんな勘違い野郎タイプは入部してきても規律を乱すだけなので、帰ってもらって大丈夫なんだけど、「2つのパートをしないといけない」、という部分がネックになって、結局入部に至らなかった、なんてケースは結構あります。
でも、この「2つの楽器を高校1年生で体験させる」、という方針は、部活動運営にはプラス面の影響が顕著なのです。
「2年半ほどしか時間がないんだから、ひとつの楽器に集中して、技術をアップさせていく方が、バンドのレベルアップにつながるのでは」というご意見もあるでしょう。
音楽専門学校であればそうでしょうね。あれこれつまみ食いしている場合じゃないでしょう。
でも、高校の軽音楽部はプロ志向のミュージシャン養成機関ではありません。アマチュアとしてアンサンブルの楽しさを学べる、ポピュラーミュージックの世界の玄関口です。
かつて現在とは別の某高校で軽音楽部の顧問をやってたころ、偶然なんだけど、各バンドのドラマーが次々と退部していって、ドラム経験者がほとんどいなくなってしまったことがありました。
残った部員には ドラム不要のフォークソングを練習させたりしました。カホンという楽器を知ったのもこのころです。
そんなある日、それまでギターしかやったことのなかった女子が、仕方なくドラムを見よう見まねでやりはじめたのですが、なんとこの子が実にドラミングのセンスが良くて、あっという間に上達しました(本人が一番びっくりしてました)。
その時に、「ああ、まだ十代なんだから 秘めた可能性や才能に本人さえ気が付いていないことって多いんだな」と痛感しました。
結局そこの高校では、担当パート替えを部活動ルールにはできずに私が異動となってしまいましたがーー。
次に赴任したS高校で同好会を作った際に「この同好会では1年生のうちに2回あるいは3回、楽器パートをチェンジして練習すること」という決まりを作りました。
「aikoにあこがれて軽音楽部に入部してきてボーカルをやってるけど、客観的にはそれほど歌は上手くはない子」がいたとしましょう。
目立ちたがりな性格はボーカル向きなんだが、声質とか音程とかがちょっとーー。
そんな子が半年後にベースギターに代わった途端、メキメキと頭角を現すことがあります。リズム感がとても優れていることが初めてわかります。
さらに彼女の場合、ソロのボーカルを経験していることで、コーラスなんかもできるし、ステージでの立ち振る舞いもかっこいいのですよ。
ほら、高校のコース選択もそうでしょ。高校1年生の時はクラス全員が同じ授業を受けてますよね。
それで文系理系のどっちにするんやおまえは、というお話が秋ごろに始まって、2年生から得意科目を選択できるようになるじゃないですか。1年生のうちは、自分の適性を発見するための時期、だから教科の食わず嫌いは もったいないです。
「おとなしい子だが、歌わせてみたら結構上手だった」
「ドラムのリズムは安定しなかったが、鍵盤はセンスある弾き方するじゃん」
こんな発見の例はいくらでもあります。
そして2つの楽器を経験することで、「他のパートの人の気持ちや苦労が理解できるプレーヤー」になります。
これがバンドのメンバー間の雰囲気がギスギスしてこない要因です。
そして、突然の退部者がでた時にも、欠けたパートをヘルプしてくれる部員が複数いる状態ですから、あるバンドの練習だけが成立しない、なんてことがなくなります。
もう一度書きますぞ。
高校の軽音楽部はプロ志向のミュージシャン養成機関ではありません。
アマチュアとして楽しくバンドアンサンブルを経験して、ポピュラーミュージックに親しむ玄関口です。
部活動がきっかけとなって、卒業後も大人になってからも ポピュラー音楽を趣味としてずっと続けて欲しい、指導者としての願いはただそれだけです。