組織と個人、自由と束縛

 政府が緊急事態宣言を延長したが、延長の具体的データ基準と解除基準がその時点では示されなかった。(現在は解除においては公表したが)

 又、記者が会見の担当官僚にデータ基準を尋ねたが、緊急の事なので後日...だそうだ。(データを出さずに宣言延長を決めたのだ!)

 彼等に言いたいのは何様なんだという事だ。仮にもここは法治国家、民主主義国家ではないか。何のデータ、基準も示さずに国民の自由を制約して良い訳がないではないか。

 首相、行政は他国のように法に基づいて強制はしていないと言うが、宣言をした以上経済全体として自粛に向かう事は確実であり、自粛をしなくてもキツイものがある。又、経営を続ける店舗の行政による店名公開であったりだとか、バッシングが相次いでいる。それでいて補償と給付は不十分で愚劣なまでに遅い。減税に至っては着手する気すら与党幹部には無い。

 総じて言わせてもらうと、法に基づいて強制はしていないから俺らに責任は無いとしか聞き取れない。それで責任が無い訳がないではないか。君達は国民を甘やかす事になるからと補償と給付、減税を渋りチンタラとやり、その癖緊急事態宣言で経済を収縮させた。一部行政では店名公開という私刑そのものも用いられた。税金は何の為に払っているのか?我々は君達政府を生かす為に生きているのではない。我々自身の利益の為に生きているのだ。上から目線もいい加減にしろ。

 私は日本人は規律正しく、親切であると思う一方で一番醜い性質として御上信仰(組織内の上下が全てに優先)があると思う。

 政府に対する盲信というか、無非難、無関心な態度であるとかを我慢と規律と捉えるのも飽き飽きした。君達(大多数の国民)はそれで人生上手く行くのか良いのか分からないが、俺は嫌だ。自分の利益があってこその組織に対する同意では無いのか?結局のところ君達は政府に従う事、御上に従う事が道徳的だと思っているからやっていないか?であれば俺は利益を第一とさせて頂く。道徳や善悪など人次第、議論するだけ無駄だからだ。

 後、企業においてもそうだ。企業(と一部行政)は社員(地方公務員)の副業を禁止しているが、何様なんだ?何か組織になれば個人の権利を何でも縛れると思ってないか?仕事に影響が出るからと言うが、それは何か明確な基準があるのか?個人の権利を縛るのならばデータと基準を出せ。(アメリカでは公務員も副業可能)その癖、こちらの仕事が長引く事には寛容で、各自での業務外の努力を要求してくる。御上信仰のせいで自らの首を絞めてないか?

 それは会社だから仕方ないのか?組織だから仕方ないのか?政府だから仕方ないのか?災害だから仕方ないのか?もう一度考え直す必要がある。道徳や善悪などという価値観に囚われ過ぎているが、それが本当に自らの利益に利するのか考えた方が良い。と言うよりも組織の言うことを聞く事それ自体は道徳的でも何でもない。組織ではなく自分の頭で善悪も考えろ。

 

 

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