学生時代の友人はなぜ、素敵に見えるのか @ルノアール新橋サンルート店
ルノアール新橋サンルート店の良さは、天井の広さだ。
バレーボール選手が肩車したくらいはあろうかという天井に
周りの話し声は吸い込まれていくから。
作業に集中できるから、打ち合わせの前は、ここに限る。
今日の午前中までは、そう思っていた。
「ふくぎょーで、1000万は行かないと思うから
しょーひぜーは、いらないんじゃないの?」
聞いたこともない周波数の声が聞こえてきた。
低音がすっかりカットされた演歌のような
声、とでも言おうか。
評論家的な上から発音で、とにかく軽いのだ。
脳のふんわりしたところに、チクリチクリと刺さる声だ。
「俺はね、項羽と劉邦の劉邦になろうと思ってるんだよね。
わかる? 項羽はさあ、全部、自分でできるのよ、
そこそこ。俺の目指してる劉邦はね、周りをうまく使う
タイプなのよ。人を見る目があるっていうかさあ、みたいな。あははははははは」
今俺、面白いこと言ったでしょ、という同意を求めるような
みたいな。が高い天井に響き渡る。
「海野はさあ、同級生なんだけど、そこそこ何でもできるけど、項羽みたいな感じなんだよね。ま、俺ら法学部でさあ、
司法書士か弁護士になりたかったんだけど、海野はラーメン屋になって。いろいろあって、俺が独立したとき、あいつが
手伝ってくれたんだけど。
でも、あいつ、最初は俺が仕事できるとか、わかんないから、タメ口なわけよ。それが段々変わってきたんだけど、
みたいな。あはははははは」
「運命みたいな感じなんだよね。大学が一緒で、職場も近かったからさあ。
奴は不器用なんだよ。だけど、高倉健じゃねえんだぞ。って
言ってやったんだよ。みたいな。あはははははは」
劉邦は、こんなに高い声だったのだろうか。
聞いている20代のスーツの男性が乾いた声で笑う。
「それは面白いっすね」
隣には落語家のような顔の年配のおじさんが
合いの手を入れる。
「海野はねえ、何に関しても、ずれてるんですよ。
だから、仕事となるとね。大学のサークルの延長で
一般社会に出ちゃった感じなんだよ。20年経った今も」
ひとしきり雑談が終わった後、また、話題は
劉邦の「しょーひぜー」に戻った。
「俺らの業界で、この数字は、すごいよ。
この人数でこの売り上げはすごいよ」
劉邦とおじさんが自分たちの事業を褒め始めた。
「そもそも綺麗事ばかりでやってられないでしょ。
日本の公務員だって、ほらねえ。
だから、うちの会社なんか、ほらねえ」
20代のスーツはおそらく税理士さんだ。
顔がどんどん曇っていく。
「君も事務所辞めて、独立すればいいよ」
この周波数、本当にきつい。この話もきつい。
彼にとっては二面楚歌。
「とりあえず、これで問題ないよね」
劉邦がおしてくる。
ふと足元をみて、驚いた。
劉邦の履いていたスニーカーが
自分のと同じだった。
写真を撮ろうか。
いや、李下にスニーカーを整さず だと思った。
これはまだ、消費税が8%の時代の出来事だ。
消費税に、天井はあるのか。
間接照明がやわらかくルノアールの天井を照らしていた。
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