営業は営業後が面白い ルノアール 池袋北口店
池袋北口ルノアール。
戻ってきた女は、男と硬い握手を交わした。
「ありがとう。やったね!」
早口で目がクルクルと動く女が聞いた。
「ねえねえ。今日の私、どうだった?」
「俺が喋ってる時は、お客様よりにして欲しいんだよね」
おばたのお兄さんが真似する俳優さんに似た男が言う。
「どういうこと?」
「どっちがトドメをさすかって話なんだけど」
男が話し始める。
「もえはさあ、押しが強いんだよね。押しが強いから、ガーッてしゃべるじゃん。そうすると、途中で俺にふられても、どうクロージングしていいか、わからなくなっちゃうんだよね」
「ごめん。つい熱くなっちゃって」女が謝る。
「いや、今日はいいよ。クロージングできたわけだから。今日みたいな気の弱い人にはいいけど、はまらないときは、
はまらないと思うんだ。59万の商品を買ってもらうのって、
今日みたいに勢いだけでいけるばっかりじゃないからさ」
あの契約、59万なのか。
話は、20分前に戻る。
その席には2人の男と1人の女がいた。
女と同級生の吉田くんが並び、
向かいには、女が尊敬する男が座っていた。
女が早口でまくしたてた。
「とにかく、この人は私たちにないものを持っているのよ。
大手企業の2年目、3年目の人たちが、何人もやめて、いま
プログラミングの講師として、頑張っているの。人の人生を変えてきたこの人の下で営業スキルも、勉強してみたらいいと思うの。優秀な吉田くんが営業スキルを身につけたら
最強じゃない?」
女は、吉田くんの顔を覗き込む。
女が尊敬する男は、にこやかにうなずいていた。
「このプログラミング学習サービスをベースにして、彼が開発した、オリジナルの講座なの。吉田くんを誘ったのは、勉強して欲しいから、だけじゃないの。優秀な人には、こちら側?というか講師になって一緒に会社を大きくしてほしんだよね。だから、早く全コース勉強して、私たちの仲間になってほしいの」
たたみこむ女。
勢いにおされたのか、共感したのか、うなづき始める吉田くん。やがて、「彼」と呼ばれた男が文章を読み始めた。
「甲は乙に対して、、、、、、、、、、、、、、、、」
彼らが話しているプログラミングサービスを調べると、無料だった。無料のサービスに独自のカリキュラムを付加することで、講座を作っているらしい。
やる気にあふれた表情で、
契約書にハンコを押した吉田くん。
女との距離が縮まったことに、嬉しそうだった。
その後だった。残った男女の反省会が始まったのだ。
「あのー。おすみでしたら、お下げします」
半分も残っているアイスティーを回収しにきた店員さんの声で、ふと気づいた。
私は、もう、1時間近く会話を聞いてしまっていたのだ。
「ねえ、明日は学校?」男が聞いた。
「ううん。明日は大丈夫」女が答えた。
二人はしばらくスマホに目をやっている。
カタン、とスマホを机に置くと、女は言った。
「ねえ、クリスマスは、
メトロポリタンホテルのバーに行きたいなー」
さきほどの早口とは打って変わって、
まったりした口調だ。
向かい側に座っていた男は、女の隣に移動した。
「あー、今日は仕事遅くなるから、帰れないかも」
かかってきた電話に男が答えた。
59万円の講座の契約書を横目に
私はジャパンネット銀行の口座手続きとpaypayの設定を
おえた。
人の欲とは果てしないものだ。
しかし、私の場合、2杯目のアイスティーを飲み干すまでに
コピーが浮かんでこないことには、月曜の朝を迎えられない。
結果をだした二人組は、軽い足取りで、
店の階段をおりていった。
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