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#103;セルフプロデュースしてこ。

『ヒューマンビートボックス』について今日はしゃべりたい


土日って気持ち的にけっこうその一週間の総括というか、あるいは新たな気づきを得る時間になる。

疲れ果てて、他人にイラつきすぎて、もしくは誰かに恋をしすぎて、その熱をクールダウンするのに精一杯だったりもしますけど。


だいたい、リハビリでトレーナーさんのもとでだったら、どんなに身体の使い方を失敗したり上手く出来なくても助けてもらえるから、安心感して身体を使うことを挑戦して次の1週間に望んで大きくなるんですが、
身体を使ってリフレッシュしても、沼りすぎてる時はなかなかしんどいながら、YouTube、好きなゆーちゅばーさんたちの動画を見漁る。


東海オンエアなんか、一本が20分くらいあって、サブチャンは1時間超えてるし、平日なかなか観れてない分を一気に観ようとするとあっという間に時間が去ってゆく。
これ、めちゃくちゃ楽しい。

それで最近は、ビートボックス系の動画を観る方が、東海オンエアを圧倒的に時間を割いてるので、まあ東海オンエアさんの観てない動画は溜まる!



さて。
ちょいちょい、HIKAKINさんや、ROFUのおかげでヒューマンビートボックスの楽しみ方がわかってきたところで、
この夏から秋は【GBB】グランドビートボックスバトルのおかげで、ほんとにたくさんのビートボクサーを知りました。

やはりROFUがリアクション動画を出してるのが支点となって、色んなビートボクサーをアミノ目状に知っていって、
日本人海外問わず、行き着いた人たちをまたほじくりだして。


野球にハマったときと似てるけれど、とにかくわたしの人生は、クラシックバレエしかなかった。
それも、自分の趣味の範囲を超えたことが無い。

まさか、クラシックバレエから少し離れる人生が待ってるなんて思わなかったし、つい先頃までまた舞台に復帰したいと思ってたけど、今は、そこに固執しなくなったのも驚きだ。

だから、髪をショートカットにしてみたり、クラシックバレエを踊ってるまんまのルーティーンな考え方から少しずつ離れている。



今のヒューマンビートボックスの楽しみ方として。

ビートボックスの音の凄さ。というよりかは、ビートボクサーその人自身の人間性を観るのが好き。

ビートボックスバトルとか作品自体も良いけど、より人間性が見える、ビートボクサー同士が話してたり、ラフにしてるのを観るのが楽しい。


特にGBBに日本人がたくさん出たことで、SARUKANIメンバーの一人一人のことをどんどん知ってく度に、
SHOW-GOのこと、ROFUの作品づくりを知ってくほどに。

国内外の大会で成績を残すために、どういう自分の色を出していったら良いか、足りないところをどう見せていくか。
どこがニッチか。
どこにまだ多くの人がやっていないスキルや見せ方があるか。
全部のスキルを出来るようにするんじゃなくて、自分が得意な音の種類の中で幅を広げていきたい。
あるいは、自分の感覚と表現方法のスタンスのままにその場を楽しむか。


大人が周りにいるかもしれないけど、若い彼らはしっかり自分らの営業戦略みたいのを考えて生きてる!

自分の半分くらいしか生きてないけど、自分の考えや立ち振る舞い、どう自分を見せていくか、いきたいか。
めちゃくちゃしっかり考えつつ、姿勢はとても謙虚だ。
謙虚だけど、進んでいく野心はある。



今週は【セルフプロデュース力】
それが強く印象に残りました✨✨

一個前の記事にも触れたけど、余生もたぶん少ない中で、体力とか潤いのようなものも下降してくだろう中で、
それはそれとて「じゃあ自分のカラーって何か」を考えてブランディングしてくのおもろいな!って。


仕事の人間関係があんまり良くなくて、空気感が悪いので飲まれがちだし、
色んな男性と関わりある中でも、今までのセオリーとか「こういう立ち振る舞いが効果的」みたいなのを見かけて流されかけそうになる。
若干、それらの感覚に違和感をこの週末は抱いて、ビートボクサーの人間性に触れたら。なんかふと力が抜けた。



英語喋れないけど、英語が流れてたらだいたいなんの事を話題にしてるかは分かる。
ヒューマンビートボックスにも“英語”みたいな要素があると感じている。

英語はとりあえず共通言語で、なんとなく英語わかったらどんな人たちとも分かりあえる。

ビートボックスが有れば、各々の母国語を知らなくても仲良くなれる。

GBBをとおしてそんな感覚をもった。
ヒューマンビートボックス自体が海外発祥だし、海外勢の割合は大きいし、音楽性も海外寄りだから、最近また英語を耳にすることも多くなったのもあるし。



そしたら、目先の会社の仕事をうまく人に振り分けて自分は何もしやんと自分の手柄にすり替えてくるバカは、どうでも良くなった。
毎日のことに浸りすぎてると、小さいことに囚われすぎるけど、英語や好きな国のことに触れてると俯瞰できる気がする。
それがヒューマンビートボクサーの在り方に似てて。



自分がどうありたいか。
人とうまくやるとか。
人を好きになるやり方や、好きな人がどんな種類の人か。
全てのことが、規定どおりなのはイヤなんだな〜

やはりそこに行くのか〜って思わざるを得なくなった。
日本の良さもあるけど、今までどおりとかいつも同じというのはムリだ。
型にハマったやり方を丁寧にやる日本的精神は、基礎としてあり方の無駄のない所作の土台になるし、茶道をガチガチにやってきたことのメリットは随所にある。


人の仕事を上手く利用して手柄にすり替えてくバカの在り方に泣いてる場合じゃないし、好きになっちゃった人の顔色を見てても、相手の人の気分を損ねないようにしてても始まらん。


私はわたしを、どのようにありたいかな。
どう見せていきたいかな。
相手をリスペクトしつつ、どう日々の自分をパフォーマンスしてこうかな。

少し視点が切り替わって楽しくなってきました。
どう見られたくないからコレをやる、コレをやらない。じゃなくて、こうしたい‼️

こうしたい!っていうのが良いなぁ☺️



おしまい。

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