(72)朝になって
朝になっても、須藤さんからの着信はなかった。
不思議なことに、深夜に2回送ったわたしからの「終わり」のメールは、なぜか不具合で送信できていなかった。
それをもう一度送信することはせずに、
少し考えた。
12時まで部屋を延長して、少し待ってみよう。
せっかく京都まで来たのだから。
彼が部屋番号を教えてくれたのは、それなりに、わたしと過ごすつもりがあったからだろう。
"終わり"のメールが届かなかったのは、まだ終わりにしなくて良いということなのかもしれない。
そう思って、気を取り直した。
そうして朝10時過ぎ。
「昨日は、ごめん。寝てしまってました。」
須藤さんから、やっと、連絡がきた。
「二度寝しましょうよ」
わたしは答えた。
須藤さんは、寝起きの顔で、わたしを部屋に迎えてくれた。
わたしは、「昨日待ってたのに。」と言いながら、須藤さんのベッドに潜り込んだ。
須藤さんは、「ごめん…」と言いながら、潜り込むわたしを受け入れる。
そのまま添い寝しながら、
あきらめなくてよかった…
しあわせだ…
と、須藤さんの体温を感じていた。
充分に、満たされていた。
こんな時間は、これまでのふたりの関係の中で、一度もない。
須藤さんの匂いをぎゅうっとしあわせに感じながら、そのまましばらく添い寝。
ときどき体勢を変えて、ぎゅうっとくっついたり。
背中越しに抱きしめられるかたちだったり。
至福…
しばらくして須藤さんがぽつりと、
「我慢してる」
とつぶやいた。
わたしは、なにかはじまるとはまったく思っていないので、そのままやり過ごす。
前にわたしたちが一線を越えたのは5年以上も前のことだし、
彼はひとまわり年上で、最近はそっちの自信がないとも言っていた。
だから、それはもう期待していなかった。
けれどそのうちしずかに、はじまってしまった。
そんなつもりはなかったのに。
でも…うれしい…
添い寝だけで充分だったのに、結局、さいごまで。
前夜の完全なる落胆からの、今朝のこの流れ。
宇宙はわたしを、見捨てなかったみたいだ。
余韻の中で天井を見上げながら、
「須藤さんはわたしを好きですか」
と聞くと、
「うん好きだよ…なんで?」
と返ってきた。
わたしはそれには微笑むだけでなにも答えなかったけれど、
本当のところは、
彼が酔っていないときに、そのことばをちゃんと聞きたかった、それだけだった。
この6年の関係の中でまた新たに、酔った勢いじゃなくて、シラフの状態で愛を分け合えるじかんだった。
抱きしめ合ってその息遣いを感じることができるしあわせ。
ありがとう。
須藤さんが大好きだ。
「外は暑そうだな」
須藤さんがつぶやいた。
前夜に小さく降っていた雨はすっかり上がって、
窓の向こうには夏空が広がっていた。
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