
(57)ありがとう、の、そのつづき
1年前に、
須藤さんへの「ありがとう」
の気持ちを綴ってからの、その続き。
まず、春に、30年前の恋人が戻ってきた。
そのあたりから、振り返ってまた書いてみようとおもう。
30年前に2年付き合った恋人のソウは、
わたしにとっては初めての本当の意味での恋人で、
18歳から20歳過ぎくらいまでの貴重な日々に、
ほとんど毎日一緒にいて、とても濃密な時間を過ごした人だ。
そして、最後は彼に好きな人ができて、
わたしはこてんぱんに振られたのだった。
若かったわたしは打ちのめされて自暴自棄な暮らしになり、
それでもなんとか彼と一筋でもつながりを持っていたい、と、別れてからもレコードを借りたり、本を借りたり、少しでも会う口実をつくりながら、もう次の彼女がいることに傷つきながら、その時代を苦しい気持ちで過ごした。
何年経っても好きな気持ちはなかなか消えなかったけれど、
そうしているうちに、わたしは今の夫と出会い、ソウともそのまま、良い友人関係として、家族ぐるみで会えるかたちへと変化していった。
だから、"元恋人"ではあるけれども、この30年の流れの中で、彼も結婚し、仲間でも会うし、なんでも話せる気楽な友人としての存在になっていた。
数年前に、須藤さんのことを個人的に相談したこともある。
元恋人なら、わたしのことを良く分かった上で、男性目線のアドバイスをくれると思ったのだ。
そんなふうに、わたしの中では"ざっくばらんな友人"に変化していたソウ。
5月に、わたしが行きたいコンサートがあって、
そういえば、ソウもこのコンサート興味あるかも、と、軽い気持ちで声をかけてみたら、もうすでに友人と行くつもりでチケットを取っているという。
それなら3人で一緒に行こう、ということになって、共通の友人も一緒に3人でそのコンサートを楽しんだ。
その流れで、たまには今度ふたりで飲もうか、という話になったのだった。
(わたしは須藤さんの話をまた聞いてもらいたかった)
改めて久しぶりに、ソウとふたりでお昼から飲んだ。
ソウは、「家族がいるから夕方には帰る」と言っていたのに、飲み進むうちにどんどん夜は更け、そして、昔の別れたときの話にもなった。
わたしは一方的に振られたと思っていたけれど、
彼はその当時、かの子がいつも輝いていて楽しそうで、じぶんはその時若くてお金もなくて何者でもなくて、
どんどん自信をなくしてしまって、
かの子を喜ばせるひとはほかにいるのかもしれない、と感じてしまった、と打ち明けた。
30年経って、やっと知った、当時の彼の気持ち。
あのときの、傷つき過ぎてボロボロだったわたしに、この話を聞かせたいな、と思った。
あのときわたしが感じていた哀しい失恋の世界と、彼の感じていた世界は、ずいぶんと違ったみたいだ。
ソウは、そんな昔の話をしながら、
かの子はずっとかわいいよ
と言う。
そして、今わたしが好きな須藤さんや、わたしの夫へ嫉妬してしまう
とつぶやいた。
今、奥さんとの関係が冷え切っているから、そんな中でこんな風にかの子と会えることや、かの子を想う時間が癒しだし、心の支えになっている、とも。
さびしいんだな、
と感じて、
わたしたちはもうそういう感じではないでしょう、と突き放すことはできなかった。
帰り道、ソウが、キスをしたいと言う。
わたしは乗り気ではなかったけれど、熱意に押されて受け入れた。
ソウは、
かの子の匂いだあ…
と、うれしそうに何度も抱きしめる。
それを受け止めながら、少し、困ったな、とおもっていた。
もう、昔のわたしではないのだ。
あんなにソウに戻ってきてほしかったわたしは、もういない。
複雑だな…
そう思いながら、夜を見上げた。