三月物語~半分だけで
小さい頃から怖いテレビを見るときは、手で顔を半分隠して、半分だけの顔で画面を見ていた。
「そんなことしても、結局見てるんじゃん」
そう兄に笑われながらも、そうすることで不思議と心が落ち着いた。
―――見ているけど、見ていない。
あまりに恐ろしい映像を見たとしても「半分しか見ていなかったもん」と、その怖さを誤魔化していたのだ。
卒業式が怖い。
卒業式が終わり、仲の良いグループに分かれて、散り散りと別れていくあのシーンを見るのが怖い。
わたしは、高岡弓弦(たかおか ゆずる)君と同じクラスの仲間として卒業はできても、そのあとの「仲間」には、なれなかったから。
彼が仲間と一緒に、笑いながらふざけながら校門を出て行くその姿を、ただ見送ることしかできないから。
半分だけで彼を見送ろうか。
悲しみも、虚しさも、いつものようにやり過ごしてしまおう。そうすれば、わたしは彼にとって、その他大勢なのだと認めずにすむ。ちっぽけな存在だと、みじめにならずにすむ。傷つかずにすむのだ。
卒業式は、三月とはいっても、まだまだ寒い日だった。式が行われた体育館を出たわたしたちは、咲き始めた桜の花の下でクラスの集合写真を撮った。そして、解散となった。
このあと、わたしは佐藤夕子ちゃんをはじめとする仲のよい女友だち5人と、打ち上げに行く計画を立てている。夕子ちゃんが予約したケーキバイキングでたらふく食べてから、カラオケに行き歌いまくるのだ。
「真紀、行くよ」
泣きすぎて鼻の頭を赤くした夕子ちゃんが私を呼んだ。
高岡君は、校庭の真ん中で彼の友だち数人と、おしゃべりをしていた。
動こうとしない私に焦れたのか、夕子ちゃんがわたしの腕を組んできた。彼女に引きずられるように、わたしは高岡君に背を向け歩き出す。
一歩。
一歩。
踏み出すたびに、わたしと彼の距離は広がっていく。遠くなっていく。
ふいに、胸がぎゅっと痛んだ。
こんなんでいいの?
三年間のわたしの想いが、こんな終わりかたでいいの?
わたしは、また自分の気持ちを誤魔化してしまうの?
いつまでも、小さな女の子のままなの?
友だちにさえ、秘めた恋だった。
彼に想いも告げなかった。
けれど、彼を想った日々まで、見て見ぬふりで終わらせたくなかった。
ごめんと言って、夕子ちゃんの腕からするりと抜ける。
そして、振り向き彼を見た。
三年間見ていたその横顔。
もう、会えない。
「高岡弓弦君!」
大声で、彼を呼ぶ。
彼は、驚いた顔できょろきょろとしだし、やがて、わたしに視線を定めた。
「卒業! お・め・で・と~う!」
わたしの言葉が、白い息に変わる。
彼の顔に笑顔が広がる。
「渡辺真紀! 卒業、おめでとう!」
彼は、大きな手をぶんぶんと振ってくれた。
おめでとう。
卒業。
おめでとう。
小さな女の子だったわたし。
少しずつだけど。
それでも、前に進んでいけたなら。
――― 卒業、おめでとう。
その言葉が、十八歳の今のわたしの最高の宝物。