彼女観察日記 序章


はじめに

私と彼女

これから始まる物語がどのような結末になるんだろうか。
我々はどうしても物事の終わりを考えてしまう。
‘こうなったらいいな…‘、‘上手くいくように‘、‘この結末だけはいやだ!‘など
どうしてもその向こう側を知りたがる。

私と彼女の出会いは普通ではない。
ネットの関係から始まって出会った当日体を交わり。
たかが数ヶ月で心を分け合う関係になった。
その数ヶ月の間でかつてない激しい愛情を向けたり、今までなかった獰猛の怒りを抱いたり。そしてとても寂しくて、その冷たさのあまりに流れてしまう苦い涙を幾度も味わった。
全てが初めてだった。
不安も、恐怖も、尊さも、愛着もその全てが初めてでとても辛かった。そして楽しかった。
これからもずっと一緒に、永遠に私の初めてになって欲しいと思っている。

この物語の始まりはその私の願望から来たもの。
だからこそ私はあえて結末は考えないようにしている。

韓国に生まれて育った。
可もなく不可もない。
順風満帆ではなかったがとても波乱万丈とも言えない。
勉強も顔も性格も中の下くらいだ。
普通の家庭に育ち。両親に育てられた。
仲良くもなく悪くもなく。怒鳴られたり、怒られたこともあるが、その分良くもしてもらった。
姉上は一時期いじめで鬱病になって不登校になってしまってはいたが、今は克服し、社会に出ている。

私も中学の時いじめられ世間に背を向けた時期はあったが、今は日本の○○県で働きながらなんとなく暮らしている。
私の話はこのくらいだろう。

彼女

福島に生まれた。
小さい頃からADHD診断を受け、施設に送られた。
父親はいないが母親は一応いる。(私はあの人を母と呼びたくもないが、その話はまたこれから)
高校の時までは不登校だった。友達はそこそこいた方だった。今でも連絡するくらいの友人を持っている。
卒業後は一応就職したのだが、すぐやめて東京にいるとある人物(彼をHと呼ぼう)のもとで暮らした。
18から25までの約7年間Hさんと暮らし、歯科衛生士として働いてもいたが水商売歴の方が長い。
Hさんとは恋愛感情を抱いたこともあるらしいが、いざこざの末そういう関係じゃなくなった。
なんとも表現しずらい関係を保つこと7年、私と出会った彼女はHさんのもとを離れ私のところに来た。

彼女は色んな病を抱えている。
ADHD、躁鬱、醜形恐怖症、被害妄想、境界性人格障害、摂食障害など
数えるだけでため息が出るほどの病を抱えて生きている。
自分を愛せないがためにそう言う自分を嫌悪し、またそう言う自分を受け入れて欲しいと思っている。

きっかけ

事の発端

この文を書くきっかけとなったのはある日の週末。晩ご飯の時に起きた出来事である。
私が○○県にきて初めて料理をした日のことだった。

彼女は睡眠剤オーバードーズ(いわゆるOD)をする人だ。
睡眠剤を何十錠も飲むことが彼女の日課である。
それは単に心が辛いから飲んでいるとかじゃなく(それももちろんだけど)日常生活のために飲んでいる。
彼女曰く、自我があると普通の生活(シャワーを浴びたりご飯を作ったり、または外に出ること)が出来ないとのこと。
それらを解決するために彼女が選んだのはODだった。

その日は丁度手持ちの眠剤が切れていた。
次に届く薬を待ちながら(彼女は睡眠剤を海外から輸入している)私たちは味のちょっと薄いオムライスを食べていた。
明るいのが嫌いな彼女のために部屋の電気を消していたので無印良品で購入したデスクライトが発するオレンジ色の光だけが部屋を照らしていた。
小さいモニターから流れるユーチューブを見ながらどうでもいい冗談を言っている私を眺めながらオムライスを食べていた彼女。
光源があまりないせいで視界がハッキリしていないことを省けばとても穏やかな夕飯時だった。

私がオムライスを口に運ぼうと目をそらした瞬間のことだった。
聞いたことのない奇声が薄暗い部屋に響いた。
まるで獣の叫び声のような奇声。

「ア゛ァァァァァァー」

今でもその声は度々私を苦しめている。

驚いた私が彼女の方を向くとそこにはさっきまで淡い笑顔を浮かびながらオムライスを食べる彼女はいない。
痛みか恐怖で顔を歪めながら悲鳴をあげる何者かがが座っていた。
最初はそれが彼女だと認識出来なかった。手足を震わせ、奇怪な顔で奇妙な叫び声をあげているそれを見てお化けが出たと思ってしまった。
次の瞬間彼女が後ろに倒れ、手を内側に巻いて足をピンと伸ばし、全身をプルプル震わした。そこで私は彼女が痙攣発作を起こしていることに気づいた。
動揺が収まらず、困惑した。さっきまであんなに可愛かった彼女が見たこともない顔で呻いでいる。どうしたらいいかわからなかった。
怖さのあまり腰が抜けそうだった。いや実際に抜けていた。

それでも私は彼女を助けなきゃいけなかった。
まず喉が詰まらないように口の中にあるものを指でえぐり出し、周りの物を急いでどかした。そして急いで救急車を呼んだ。

まずは落ち着いてください。

救急隊員の方、人生で初めて言われた。

救急隊員の方に詳細を説明して彼らが突入しやすくするために玄関を開けた。五階に住もうと思った過去の自分が憎くて憎くて仕方がなかった。
玄関周りの障害物を全部蹴散らして部屋に戻るとそこには真っ青な顔でニコニコしながらこっちを見る彼女が座っていた。

気を戻した彼女は何が起こったかはわからないがとにかく興奮していた。
さっきまで一緒にご飯を食べていた彼氏が何かしら慌てているし、周りは散らかっているし、記憶はない。興奮せざるを得ない状況だっただろう。
走り回る彼女を背負い一階まで下りて行った。
そこには既に到着していた救急車が赤いランプを激しく点滅させている。
それがまた彼女は不思議だったらしく、また困惑していたらしい。
そんな彼女を救急車に乗せて救急隊員の方々に状況を説明した。

ご飯を食べていたら急に痙攣しました。5分くらい続きました。ADHDと躁鬱を持ってます。眠剤をたくさん飲んでましたが、今日は飲んでいません。

今思うとめちゃくちゃな説明である。

病院に向かう救急車の中、彼女はようやく落ち着いてきたらしく状況が認識出来るようになったのか顔に不安が浮き上がっていた。
そんな彼女を安心させるため ‘’救急車なんて初めて乗りました。‘’ とかどうでもいい事を話した。
その後病院につき、お医者さんにも同じ雑な説明をして待合室に座り、検査が終わるのを待った。

約3時間後「異常はないが、神経科にて精密検査の必要あり。」判定を貰った。ぬるい安堵と収まらない不安のため息を吐いている私の隣で患者服の彼女は‘’やっぱ異常なんかなかった。早く帰りたい。病院なんか嫌だ。‘’ と言っていた。
診察費を払い、彼女をタクシーに乗せた。
街は既に漆黒を着ていた。帰るタクシーの中を軽い寂寞が覆っていた。

その後

私は今まで彼女の色んな物を見て見ぬふりをしていた。
特にODに関しては「仕方ない。」と思っていた。

良い、良くないは置いといて、何もしてあげられないのだから自分がこれでいいと思っていることをさせよう。ODだって今目に見える副作用なんてないし大丈夫だろう。何より薬を飲まないと顔も見せてくれないのだから、むしろ顔見たいしこれでいいんだ。いや、これしかないんだ。

そんな気持ちで彼女と向き合っていた。
しかし、今回の出来事は「果たしてそれで合っているのか?」という疑問を私の心の中に残した。
彼女は言う。そう言う自分を愛せないのなら愛情が足りないのだと。しかし、本当にそうだろうか?好きな人が死の間際ギリギリに立っているのをただ「それでいい、それしかない」と思い、放置し、受け入れるのが本当の愛なんだろうか?

何が愛なのか語れるほどの知恵を備えていないものではっきりとした答えは導き出せないが、それが愛ではないって事は言えると思う。
そう言う彼女が嫌いなわけではない。それも私が愛してやまない彼女の一部である。だからそう言う部分も大好きだ。
しかし、それが彼女の命に直接悪影響を及ぼすのであれば。それを断ちたい。
お前のエゴで好きな人を無理させるのか?って言われても仕方ない。好きだから一緒にいて欲しい。ずっと傍にいてほしい。これからの彼女の幸せを一緒に探して、築き上げたい。そのためには無理もするし、させる。その心構えが愛じゃないと言うのであれば彼女を愛するのを辞める覚悟でもある。この観察日記はそういう執着深い一人の男の話である。

これから

ずらずらと書いたがこれはあくまでも日記である。
これから彼女を観察し、少しでも健康に生きれるようにする、その中での出来事や日課を整理するだけのものである。
だからこれからはこう言ってちゃんとした文章(下手くそではあるが)じゃなくなるかも知れないし、乱雑なWikiのようなものになるかも知れない。
それでもこれを書く理由は少なくともいつか一緒に笑いながら見れる痕跡が欲しいと思ったからである。
だから慣れない日本語で書いたわけだ。

冒頭に言ったように私はこの物語の結末は考えられないし、考えたくもない。
痕跡が欲しいと思ったとか言ってはいたが、それも結末を想像したと言うよりはこの物語の方向性を示したものである。
これからはわからない。
最悪な結末になるかも知れないし、ハッピーエンドが待っているかも知れない。
ただ今は今日をなんとなく、穏やかに、仲良く、また明日、お休み、おはよう、今日も頑張ろうって言える関係になるための工夫をしていきたい。



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