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【物語の現場056】左兵衛を見送った内藤新宿の今(写真)

「狩野岑信」の第七十六章で、吉之助たちは内藤新宿に赴き諏訪高島に護送される吉良左兵衛を見送りました。

 写真は、都庁展望室から甲州街道方面を見た景色(東京都新宿区西新宿、2023.11.9撮影)。

 左端から上へと続くビルの並びから甲州街道の流れが分かります。無論、吉之助たちが最後に上がった丘はこんなに高くありません。しかし、当時は見渡す限りの田畑でしたから、見通しはむしろきいたかも。

 さて、史実を確認しておきます。物語では高島藩は小勢で護送していましたが、実際は百名を超える大部隊で行ったようです。左兵衛の護送は幕府から与えられた任務。ほんと、何かあれば洒落にならない。当然と言えば当然。

 また、四十七士の切腹は確かに元禄十六年(一七〇三年)の二月四日でした。一方、左兵衛の江戸出立は二月中旬だったと記録されています。二つを同日のこととしたのも物語上の演出です。
 旧暦の二月は今の暦で言えばほぼ三月。諏訪の冬は厳しいので、寒さ、特に降雪が幾分和らぐタイミングを見計らっての出発だったのでしょう。


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