ドールハウスの疼痛
『痛い痛い頭蓋骨の中で私は独りぽっち』
と十代の時に書いた……
でもその時の私はまだ知らなかった
おかしいなとは感じていた
起居の中にも液体化した違和感が流れ込みそれを止めることが出来なかった、
やがてどうしても止められない『ソレ』を私は諦めた、
見て見ないフリをしていた時期もあったが我が身の奇異さを見て見ぬフリは意外と苦しい、
狭い部屋に私のあの子は住んでいる、
痛い頭蓋骨の奥のその狭い狭いドールハウスに棲まうあの子、
よく肥って醜いあのひとが赤い赤い崖の上から泣きすさぶ風に抗がうように大きな声でこう叫んだ。
『彼女の中のごく一部分は僅か6歳児並みでしかありませんっっ!!』
白衣の釦(ボタン)が
崖っぷちだった
紅いルージュが無理矢理だった。
肌理(キメ)の粗い濃いシミの浮いたキタナイ肌をあの子はこっそり辛辣な審美の目で盗み見た、
そんなことをしたって負け犬の烙印を圧されたことに変わりはないのに、あの子はまるで口笛でも吹きそうだ、
でも見えない涙の池で溺れていた、
昔いわれた『白痴めが』の言葉の重さが今となり、
長い歳月の果ての冷たい鎖となって私の肩に墜ちてくる、
彼女を跡形無く叩き潰す、
ドールハウスの疼痛は
あの子の涙を選んでいる
盗んでいる、
時を超えて数えている
白昼夢へ
漆黒揚羽が舞い込むと、
あの子が小さな空色の扉を開けて液状化した銀の廊下へ一歩、また一歩と、
踏み出す
昔、履き古した 淡いピンクサテンのトゥシューズを履いて
危ういようなエシャッペを踏んでみせる、
でもそれすらも液状なので
狭い隣室へとたらりとろりと、また流れ込む
まるでリンパ液のように……
狭い部屋
狭すぎる
頭蓋骨を開いて『狭いっ!』
とまるで神さまから叱られたみたいな気持ち
あの子はまだ6歳
そして
この狭すぎるという現実をまだ知らない
アンドゥトロワ
まだ知らない
歩いていても止まっていても不安は新月のようにあの誓いを破ることなく私達を、さながら長い髪のように一つに束ね、きつく編むように抱きすくめる、
やめて!
と身をよじろうが逃げようが
『ソレ』は見ずにはいられない強い力を持っているから、
小さな小さなドールハウスの中に小さな小さな灯りが点(とも)る、
あの子が内側から小さな紫水晶の窓をパチンと開けて
生まれつきほとんど見えていないその右目から赫い不安の涙を流す
『どうして?』
あの子が囁く
『なんで?』
ドールハウスの灯りを指で摘まんで消しながら、私は小さな窓のその部屋に向かってこうそっと囁くの
『もうおやすみ』
『こんなふうになりたくなかった!こんな風に生まれたくなんかなかった!』
とあの子
『ここから出して!』
『もうおやすみ私の貴女』
更に私はこう囁く
『お願い、優しい夢を見て』
私の涙を知らないあの子はやがて愛しいひとの名前を不安げに小さく呼びながら小さなベッドで泣きながら眠りにつく……
緋色の嘴(くちばし)の黒鳥が 水面(みなも)に落ちた花房のように無防備に流れ寄る微熱を帯びた夢の夢
この狭い人間の骨で出来た室(へや)に棲む人間を、獣も虫も怖れない
おやすみなさい私の貴女
闇の中でも
光の中でも…