つづれおり・後日談「ある目映いばかりの陽射しの日に」
「わざわざいいのに」
「お祝いに来てもらっといて、まともな挨拶も出来ないの? 呆れた。あんたの息子の方がよっぽどしっかりしてる」
口の悪い友人が、やって来た。
わざわざ熨斗なんてつけて、むしろ嫌味に感じる。
「ゆうくん、ちゃんと仕事してる?」
「へえ、心配? だったら会えばいいじゃない?」
偶然にもゆうくんは友人の会社に就職したと聞いた。こっそり見える形で縁が繋がって、本当はすごく嬉しかったのだ。でも友人はこの調子で私に感謝も感激も言わせないのだから全く困る。
「元気でいてくれればいいの」
「またそれ。カミングアウトしたんだから、もっと図々しく母親やっちゃっていいのよ。あ、ちょっと待ってて」
ねえ、いくらキャリア女子だからって、休日に友人宅に来てまで仕事の電話? どうかしてるわよ。
ふう、仕方ない。このせわしない友人に美味しい紅茶でも淹れてあげようか。
頂いた包みをありがたくテーブルに置き、湯を沸かす。紅い色の美しいアッサムにしよう。茶葉の入ったガラス瓶の一つに手を伸ばした。
ふいにドアフォンが鳴る。
明日まで瑛作さんは出張だから、あらあらこのタイミングで、誰かしら。
「ほらー遠慮しないで、早く入って入って」
もうっ!
玄関に走った。
勝手に誰でも招き入れないでよね! ここはあんたの家ですか!
「コンニチハ」
「……!」
「ニューセキオメデトーゴザイマシタ」
「神保、それ変! 京子も! ボサーッとしない!」
いや、ボサーッとはしてない。
ああ……また大きくなって
あたしは目を見張って高2の秋から一段と背の伸びたゆうくんを見上げている。
「あと、オレを生んでくれてありがとう。お母さん」
七五三も入学卒業も成人式もこの度の就職もただ育ちを信じて祈るだけ、何一つ節目に立ち会ってやれなかったのだ。
逃した誕生日は実に20回を数える。
この子は自分の心もとない生い立ちについて、誰に打ち明けることも出来ないまま一体どれほど傷みを抱えてきたことか。
なのに「ありがとう」と白い歯を覗かせてはにかんでいる。
あたしはかけがえの無い大切な我が子を今この腕でしっかりと抱き締めた。
こんなに大きくなって……
違うの、あたしこそ、あなたの親になれてよかった
生まれてくれてありがとう
そしてあたしを親にしてくれて
ありがとう
キッチンでケトルが鳴いている。
でもいいの。
ああ、こんなにも優しくて可愛くて素敵な子に育って……
大好きだよ大好きだよ……
ケトルの音が止んだ。
ほらね? きっと友人がしたり顔で3人分の紅茶を淹れている。