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【秋田県小坂町】明治100年通りの小坂鉱山事務所と康楽館に見るかつての栄華

 幼い頃、祖父の運転する車で祖母と共に何度か色々な場所に遊びに行った記憶があるのだが、その中に長年実在する場所かどうか曖昧だった場所があった。
 ぐにゃぐにゃと曲がりくねった山道の続く深い森の中を何時間も走った先に、突然そこには現れた。
 立派な西洋風の建物が何軒も立ち並び、色とりどりの鮮やかな旗が風と共にはためいていた。

 長らく「千と千尋の神隠しの内容と自分の記憶を混同していたのだろう」だと思っていたのだが、ここが実在する場所だったことを少し前に知り、実際に訪れることができた。

 そこは秋田県北部にある小さな町小坂こさか。人口は4000人程度、町の面積の8割が森林という木々に覆われた小さな町だ。
 なお十和田湖の西部はこの町に所属している。

小坂町の一角。
いかにものどかな田舎町だ

 人口5千人にも満たない山間の静かな田舎町である小坂町だが、この町の一角にある明治100年通りという500mの通りはまるで別世界のような風景が広がっている。

鮮やかな花壇と整えられた木々
整えられた木々、電灯に飾り付けられた花々、優雅なガゼボ
修道女と子供の銅像が正面に立つその名も「天使館」。
元々幼児教育施設として使われており
現在は国指定文化財に指定されているほか
1時間300円でレンタルも可能
威圧感さえ覚えるまでに荘厳な
ルネサンス風建築により建てられた小坂鉱山事務所
色とりどりの幟がたなびく
和洋折衷のこれまた巨大な木造施設、康楽館

 まるでここだけ空間が切り取られたかのような、異世界の如き風景が広がっているが、決してテーマパークなどではない。
 ここ小坂町にはかつては主に銅を採掘する鉱山で非常に栄えた時代が存在した。その当時を現代も伝える場所が明治100年通りであり、建物の多くは明治時代に作られたものが今なお美しく現存している文化財である。

 今回まず向かったのは小坂鉱山事務所
 その名称通りにかつて鉱山事務所として使われていた建物なのだが、明治初期に作られた西洋建築であるは西欧の貴族のマナーハウスを思わせる作りとなっている。国重要文化財に指定されているほか、近代化産業遺産にも認定されている。
 現在内部は小坂鉱山の歴史を伝える資料館となっているほか、4月中旬から11月中旬にかけてはレストランも営業している。

正面から見た小坂鉱山事務所。
あまりにも豪華な作りに、不思議な夢でも
見ているのではないかと言う気分になる
鉱山事務所横にあるこの建物は守衛詰所
建物に入るとまず目に入るのは螺旋階段。
受付でチケットを購入し、上のレストランや資料館へ向かう
鉱山事務所では衣裳のレンタルも行っている
なお、奥にはエレベーターも設置されているので
足が不自由な方でも安心だ
2階にあるレストラン、あかしあ亭。
店名にある通り、明治100年通りには
多数のアカシア(ニセアカシア)が植えられ
初夏には白い花々が咲き誇る。
11月中旬から4月中旬までの冬期間は休業しており
記事投稿時点で今年の営業も終了しているので注意
2階バルコニーからの景色。
明治100年通りの向こうはひたすらに山が続いている
窓の外に地面が見えるので目を疑うが
なんとここは2階の廊下である
石垣が組み上げられているおかげで
2階に中庭があると言う不思議な構造をしている
2階の資料スペースの一部。
ここは写真でかつての小坂鉱山を振り返るエリアだ
重量物の運搬が不可欠な鉱業において鉄道の存在は欠かせない。
小坂鉱山も例外ではなく初期こそ馬車に頼っていたが
昭和30年代に入ると大館とを結ぶ鉄道が敷設され
2009年まで貨物列車が運転していた。
(旅客列車は1994年時点で終了)
小坂鉱山と周辺市町村との位置関係
実に数多くの写真が残されていることが窺える
奥には十和田湖のヒメマスに関する展示があった。
元々魚のいなかった十和田湖だが
明治時代にヒメマス養殖が始まり新たな名物となった。
この経緯の話は昔国語の教科書に採用されており
一定以上の年齢層の人々には
全国的な知名度があるとのことだ。
なお今年新たに作られた道の駅である
道の駅十和田湖も小坂町に所属する道の駅で
中にはヒメマス養殖の歴史についての展示があり
ヒメマス料理を食べることもできる
小坂鉱山‪は閉山して久しいが
小坂町郊外にある小坂製錬株式会社では
現在も銅をはじめとした金属の製錬を行っており
今も銅製品は小坂町の名物の1つだ。
この他、上質なことで知られるニセアカシアから
蜂蜜を取る養蜂が行われているほか
近年はワインの醸造も行われており
小坂町の新たな名物となっている。
ちなみに町の花であるニセアカシアは
鉱山の煙害で枯れた森を再生するために植えられたという
背景がある
手前は康楽館という鉱山時代に作られた芝居小屋 (後述)の模型
奥は小坂鉱山事務所の模型
3階では近代歴史回廊の名で
かつての小坂町の様子などを展示している
クリスマスを祝うお雇い外国人
クルト・アドルフ・ネットーの像。
明治日本の技術発展を語る上で欠かせない
お雇い外国人の存在はもちろん小坂鉱山にもあった。
ネットーは日本に鉱山技術をもたらしただけでなく
日本人の生活や文化、自然について研究し
帰国後はヨーロッパへ広くて紹介を行った人物だ。
彼の残したスケッチの一部もここで見ることができる。
なお現在も毎年クリスマスの時期になると
明治100年通りでクリスマスマーケットが開かれる
ネットーのスケッチ
かつての小坂鉄道をモチーフにした展示エリア。
車窓を模したモニターの外にかつての小坂の景色が流れ
音声と共にストーリーが進行していく
現代でこそ秋田から福岡まで本州を横断したとしても
新幹線で半日弱、飛行機ならば4時間程度で行き来できるが
この時代は大阪から小坂まで3日かかったという
かつての小坂銅山について語り合う音声が流れる。
奥には小坂銅山と縁深い品々が展示されている
かつては限られた鉱山幹部だけが入れたという所長室

 そしてもう1つ今回向かったのは康楽館こうらくかん
 こちらは小坂鉱山が盛んだった1910年に厚生施設として建てられた芝居小屋だ。
 こちらも国の重要文化財であると共に、現在も現役の芝居小屋であり定期的に歌舞伎などの上映が行われている。
 今回はたまたま芝居が休みの日であったが休みの日もガイドツアーが行われており、普段は見られない大仕掛けの内部や控え室などの見学が可能だ。

正面から見た外観は洋風、中は和風という和洋折衷の造り。
現在こそ施設そのもののの文化的価値も認められているが
施設の老朽化やテレビの普及などにより一時は取り壊しや
火災の延焼実験のために燃やすという計画もあったという。
(実際に岩手県の松尾鉱山の一部施設は実験のため燃やされた)
康楽館の入り口に掲げられた建物の特徴の看板

 なお康楽館は近いうち (1〜2年以内?)に床材などの修復工事が行われる予定らしく、当然ながらその期間中は上演や見学ができなくなる。
 この他点検などで上演・見学が中止される日もあるので行かれる際は是非事前に情報をチェックしてほしい。

まず見学で見せてもらえるのは2階からの様子。
中央には役者の通る花道
横には一般席よりも豪華な桟敷席が設けられた
純和風の芝居小屋である。
また、人力で稼動する廻り舞台や
切穴などが備えられている。
また、外部からの飲食物の持ち込みは
食品衛生上できないが
館内の売店で購入したものならば飲食は自由なほか
特別公演の際は3日前までに予約しておくことで
地元秋田の食材を使った「幕の内弁当」を
食べることも可能。
リンクを貼っておくがこれがまた美味しそうだったので
来年は観劇すると共に必ず注文しようと心に決めている

 そしてここからが今回の見学のメインとも言える、文字通りの舞台裏見学である。
 まず見せてもらったのは大舞台の

普段は入れない舞台装置の裏側。
途中には過去に康楽館で行われた主な公演のポスターが
びっしりと貼られている
切穴(と書いてすっぽんと読む)は
花道に役者をせりあげる装置。
これ自体は多くの古くからある
純和風舞台に存在するがその構造は実に様々。
康楽館の場合は滑車を利用した構造となっている。
康楽館の設計も小坂鉱山事務所の技術者が行なっており
鉱山の技術が応用されているのだろう。
現在も小坂鉱山に関連する企業が修理に協力してくれているらしい
そして廻り舞台の真下にあるのが奈落。
講演の際にはここに実際に人が入って舞台を回す
修復を繰り返しながら、100年以上使われている回り舞台。
ここに書くのは少し憚られる話も聞けた。
(気になる方は是非見学を)
舞台から見た様子。
大道具なども運び込まれる都合上、見学した際は
床にちらほら傷がみられたが
この辺りが修理される予定なのだそうだ
そして控え室の見学。
こちらもなかなかすごかった
康楽館の控え室にびっしりと書かれているのは役者の落書き。
落書きというといたずらのようだが
康楽館では明治時代から役者が名前などを書き残す慣習があり
壁面はもちろんのこと天井にまで数多くのサインがある。
中にはもちろん有名な役者や歌手のサインもある。
文化財保護と「壁にサインが書かれる」という伝統の継続。
その兼ね合いのため、一時期は直接壁に書くのではなく
色紙にサインを書いてもらっていたという
文化財であるため工事についてもおいそれとできない一方
出演者の快適さを保持するために建物自体の損傷を
できるだけ小さくした工事が行われている
一般席は斜めになっており
後ろの人も舞台が見やすいようになっているのがよく分かる
戦前の一時期、思想統制のために設置されていた臨監席も残っている。
ある意味歴史ある康楽館ならではだ。
不謹慎ながら、仕事で観劇とは少し羨ましいと思ってしまう

 小坂鉱山が閉山して久しく、今や小さな町となった小坂町。
 しかし地域の人々の尽力もあり、かつての栄華を物語る施設などは現在も見ることができる。
 十和田湖を車で訪れた際は、是非こちらにも足を伸ばしてみてほしい。

小坂鉱山事務所
住所 : 秋田県鹿角郡小坂町小坂鉱山字古館48 -2
開館時間 : 9:00 〜 17:00 (4/1~10/30)
     9:00 〜 16:00 (11/1~3/31)
休館日 : 年末年始 (12/29 ~1/3)
入館料 : 一般・高校生 380円
    小・中学生 200円
          (団体料金、「康楽館」並びに
   「小坂鉄道レールパーク」との共通券あり)
アクセス :十和田湖・大館駅から車で約30分、弘前駅から車で約1時間
備考 :事前予約で30分程度のガイドツアーあり。
  料金は参加者1人につき150円。

康楽館
住所 : 小坂町小坂鉱山字松ノ下2
開館時間 : 9:00 〜 17:00 (4/1~10/30)
     9:00 〜 16:00 (11/1~3/31)
    ※最終休館は30分前
休館日 : 不定休
入館料 : 常打芝居と施設見学 (ガイド付き)
     一般 2500円
     小・中学生 1250円
    施設見学のみ (ガイド付き)
     一般 700円
     小・中学生 350円
          (団体料金、「康楽館」並びに
   「小坂鉄道レールパーク」との共通券あり)

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