
そろそろ隠れた良作ゲーム、クレヨンしんちゃん『炭の町のシロ』の話をしたい
北東北、あるいは北東北をモチーフとした場所を舞台としている作品は漫画、小説問わず数多い。
そして漫画や小説などのメディアと比べれば数こそ少ないものの、ゲーム作品の舞台としても度々北東北は登場している。
例えば一昨年配信され、当ブログでも度々言及している『ポケッモンスター スカーレット・バイオレット』の追加DLC『翠の仮面』の舞台であるキタカミの里は、岩手県北上市をベースとしつつ北東北の様々なスポットや名物をモデルにした場所やアイテムが登場する。
また、厳密には明確に舞台であることが確定したのはアニメ版とのことであるが、青森県横浜町の菜の花畑は『CLANNAD』の聖地として現在も菜の花が盛りの季節には聖地巡礼に訪れるファンの姿がある。
さて、そんな中でも比較的最近発売されたが、作品としての良さの割りにあまり話題に上がっていない気がする作品がある。
国民的漫画・アニメ作品『クレヨンしんちゃん』のゲーム版作品『炭の町のシロ』だ。

Nintendo Switch版の発売は2024年2月22日。
この記事の公開からちょうど1年程前に発売されたゲームだ。
現在はsteamなどでも配信されており、パソコンでのプレイも可能だ。
『炭の町のシロ』は2022年のRTA in JAPAN Summerでも話題になった『オラ夏』こと『オラと博士の夏休み』の続編にあたる作品だ。
前作のタイトルから分かる方も多いだろうが、これらの作品はクレヨンしんちゃんのキャラクターや世界観をベースに、5歳児であるしんちゃんの目線から短期間の田舎暮らしを体験する、いわゆる『ぼくのなつやすみ』的な作品だ。
とはいえ2作品とも『ぼくのなつやすみ』スタッフが制作に関わっており、ライクゲームというよりは正式な派生作品という位置付けの方が近いだろう。

もちろん今作でも健在だ
さて、前作である『オラ夏』の舞台は九州の架空の町であるアッソーの町だったが、今回は野原ひろしの出身地である秋田県オオマガラナイ村が舞台となっている。
ひろしの秋田への長期出張により、オオマガラナイ村の古民家を借りてしばらく生活をすることになった野原一家。
前作に引き続き、賑やかな春日部とはうって変わったのどかな田舎町でのしんのすけの生活がスタートする。

近所に住んでいるらしい父方の祖父母である銀の介やつる
イベントでは伯父であるせましも登場する

秋田の古民家の再現度が非常に高い。
秋田県らしい景色の作り込みが実に素晴らしく
公式YouTubeチャンネルの動画でも
その辺りに触れているのだが
正直動画では良さが伝わりにくいのが残念。
ゲームさんぽの題材になってほしい

他の部屋もふすまでつながっており
かつての冠婚葬祭の際などは襖を外して複数の部屋を繋げて
大きな部屋として使っていたのだろう

壁には4人家族に対してはかなり大きく
しかも使用感のあるフライパンや鍋があるあたり
普段は岩手県九戸村のふるさと創造館のように
イベントなどに使われている村所有の施設なのかもしれない。
ゲーム冒頭でひろしが秋田県の地元テレビ局のスタジオに呼ばれ
インタビューを受けているシーンもあるので
ひろしの仕事も県や村絡みである可能性が高い。
野原家の生活の様子は
今後オオマガラナイ村の広報などに使われるのだろう

室内に飼育用のスペースが見当たらないあたり
現在の畑があるあたりにかつては厩があったのだろうか……
などと想像が膨らんでしまう。
丁寧に作り込まれた作品ならではの面白さだ

春日部から突然こんな気合の入った古民家に
幼児2人を抱えてしばらく住むというのは
流石に大変じゃないかと見ていて心配になるが
そこは飽くまで過ごしやすい季節に
一時的に出張するだけということなのだろう

秋田の名物料理がさりげなく登場する。
複数パターンあるので何気に見逃せない

全てが映画のワンシーンのよう。
「アニメのキャラクターを自分の手で動かせている」面白さは
キャラゲーの良さを十二分に発揮している部分だ
ただ実を言うと、この再現度の高さこそ『炭の町のシロ』を自分が実際にプレイするまでに時間がかかった、というか今作まで『ぼくのなつやすみ』関連作品を自分で遊ぼうという気になれなかった理由である。
真摯に作り込まれた作品であるためにそのモデルになった場所と生活が近い人間は、あるある的な面白さは感じる一方でゲームならではの体験としての面白さは薄い気がしたのだ。
例えば『Ghostwire: Tokyo』だって「怪異が闊歩する渋谷の街を縦横無尽に駆け回れる」のだからワクワクするのであって、普通に渋谷を探索するだけのゲームだったら少なくともそんなにワクワクはしないと思う。
前述したキタカミの里だってその辺にありそうな景色の中にポケモンがいるから楽しいのであって、ポケモンがいないキタカミの里をただ歩くくらいなら多分GoogleEarthを見てた方が楽しい。
北東北の田舎町で虫取りや魚釣りや畑の手伝いをする5歳児になるというだけを切り取ると、正直それは休みの日に近所に釣りに出かけたり家族から農作業の手伝いに駆り出されたりするとのするのと変わらなくないか?というのが自分が「ぼくのなつやすみ」シリーズに長らく食指が動かなかった理由である。
なんならこっちは大人の財力と、ケツだけ星人より断然早い自家用車の行動範囲で「ぼくのなつやすみ」よりやりたい放題の「大人の休日」をやってもいいんだぞ。
ただし『炭の町のシロ』のストーリーはここから大きく動き出していく。
ある日、なぜか炭まみれで戻ってきた野原家の愛犬シロ。しんのすけはシロに導かれるままに集落の外れに向かうと、謎めいた電車がやってくる。

明延鉱山でかつて使われており
現在も展示されているしろがね号とのこと
電車に乗り込んでしまったしんのすけとシロがたどり着いた場所は、アラカン炭なる鉱物資源を採掘する不思議な鉱山都市「炭の町」だった……


1950年代から1960年代の空気が漂っている
と、ここからは現代の自然豊かな農村であるオオマガラナイ村と、異世界である炭の町という2つの世界を行き来しながらストーリーは進行していく。
というか一応オオマガラナイ村や炭の町の住民たちのお願いを聞くサブミッションも存在するが、ストーリーの軸となるメインミッションの主な舞台はタイトルにもある炭の町の方である。
もちろんオオマガラナイ村での生活がおざなりというわけではない。
例えばメインミッションやサブミッション (そして後半の金策)で何度も訪れることになる炭の町の食堂「みその」では持っていったオオマガラナイ村の食材でメニューが開発され、お品書きがどんどん充実していく要素がある。

どれも非常に美味しそうだ

炭の町でも「懐かしい料理」とのことであるが流石に驚いた
他にもオオマガラナイ村と炭の町の両方に存在する掲示板では住民とアイテムのやり取りができ、活用することでミッションをスムーズに進めたり金策手段になったりといった要素があるのだが、この中でももう一方の世界に存在するアイテムはより貴重なアイテムと交換できる。

運が良ければその時点では解放されていない場所の
アイテムなどと交換できるため
ゲームを進めていく中では非常にお世話になる
ゲームは全体を通してのんびりとしたオオマガラナイ村で採取などのスローライフを送りつつ、不穏な影が迫る異世界である炭の町の冒険に役立てていく……という形式になっており、スローライフそのものはもちろんアドベンチャーゲームとしてのストーリーも楽しめる作りになっている。
特に採取要素については図鑑としての収集要素もある。
魚は全34種類、虫は全44種類、植物は22種類、鉱物は全12種類が存在し、所持している状態でNPCに話しかけることで図鑑に記録されていく。
この手の作品にしては種類が少なすぎないか?と思うだろう。自分もそう思った。
というか植物については前作と比べれば大幅に増えているとはいえ、田植えの頃という山菜の盛りのシーズンの話であるのだからせめてミズとコシアブラとシドケあたりは出して欲しかったと思う。
だがこの魚のラインナップを見てほしい。

ジュズカケハゼ (※)が出てくるゲームって他にあるんだろうか。
※ 淡水に生息する小型のハゼ。青森県の小川原湖や秋田県の八郎潟などでワカサギ漁に混じったものが、食用としてゴリの名で売られることがある。この魚についてもそのうち記事を書く予定。
また、特に魚については実在する生物をモデルにした「マガラナイ◯◯」という、オオマガラナイ村周辺の固有種であることを伺わせる生物が複数登場する。
淡水魚の固有種の多彩さがしっかりと再現されており、ここまでやるのかとさえ思ってしまった。
そして何より、メインミッションのストーリーが非常に良かった。
それこそ劇場版クレヨンしんちゃんを思わせるような、子供向けの冒険活劇と大人向けの共感できる要素を両立させた、子供も大人と共に楽しめるという意味での良い意味の子供向け作品であった。
ストーリー中何度も強調されるが、一見すると賑やかな「炭の町」は採掘していた資源であるアラカン炭がすでに枯渇し始めている状況下にある。若者の中には町を出ようとしている人々も珍しくはない。
さらに鉱山採掘の影響により水質は汚染されており、鉱山として栄えるまでのように魚などは取れなくなってしまっている。(だからこそ自然豊かなオオマガラナイ村と炭の町を行き来できるしんのすけが活躍できるのだが)
必要以上に露悪的になりすぎない範疇にありながらも、地方が今まさに、いや今なお抱えている問題を『ぼくのなつやすみ』+『クレヨンしんちゃん』という題材で描いたストーリーは、特に今地方に住んでいる人は一見の価値ありだ。

町の支配者ダンシャーリ。
作中、直接その姿を現す機会は多くはなかったのだが
彼についてはネタバレありと注意書きした上で
一本記事を書きたくなるようなキャラクターだった

ゲーム内の屋外ではしんのすけについてまわっており
近づいてAボタンを押すことでいつでも一緒に遊べる
自分が今作の全ミッションクリアまでかかった時間は10時間程度。
フルプライスゲームとしてはややボリューム不足との評価を受けることも多い今作ではあるが、今作ではどこでもセーブが可能な仕様もあり隙間時間にサクッと遊べるような作品だ。
当記事を読んで興味を持った人は、ぜひ一度プレイしてみてほしい。特に普段からこのブログを読んでいる人には、様々な点で刺さる作品だと思う。

20時間程度でクリアできると思うので
気軽に触れてみてほしい