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巫蠱(ふこ)第九巻【小説】



楼塔ろうとう流杯りゅうぱい桃西社ももにしゃ阿国あぐに

「わたしがもぐれるとこまでは確認かくにんしたんやけどなんもないんよ」

 と阿国(あぐに)がわらないうちに流杯(りゅうぱい)はみずうみんだ。

 ……いて浮上ふじょうする。

「ほんとにいない。どうしよ。そうだ師匠ししょうならもっとふかく」

いてとんぼさん、んでたらかざりちゃんんでくる」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい

たしかに簪(かんざし)は、ねーちゃんが門下生もんかせい道場どうじょうにいれなかったことにも気付きづいてたっぽいね。

「じゃあ鯨歯(げいは)たちは無事ぶじ……そういえば絖(ぬめ)によると、桃西社(ももにしゃ)でねーさんがつかるのはきょうかあす。

みずうみのそこにかく場所ばしょがあって、ふたりともやっかいになってるとか?」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい桃西社ももにしゃ阿国あぐに

「べつの場所ばしょつうじるあなでもあったんやないの」

「ああ、そうかんがえればいいんだ」

 とりあえず、あしたまでつことにした。
 安否あんぴ不明ふめい人間にんげんへの対応たいおうとしては不適切ふてきせつかもしれない。

 ただ状況じょうきょう整理せいりして、阿国(あぐに)はおもった。流杯(りゅうぱい)にはおもわれた。問題もんだいないと。

 だから問題もんだいない。

さしぬめ刃域じんいき服穂ぶくほ

 どう時刻じこく

 刃域服穂(じんいきぶくほ)と城絖(さしぬめ)は後巫雨陣(ごふうじん)をすすんでいた。

 肥大ひだいした植物しょくぶつのなか、べっとりとしたあせをかく。

 ぬめはなにかをたぐりよせるようなしぐさをまぜながら、みずはしらのある最奥さいおうかう。

 服穂ぶくほだけだともっとまよったことだろう。

後巫雨陣ごふうじん離為火りいか刃域じんいき服穂ぶくほ

 ……小石こいしだらけの場所ばしょむ。
 あせがひいていく。

 服穂(ぶくほ)は、くしゃくしゃにまるめたかみふたつをとりだす。後巫雨陣(ごふうじん)をとおってきたため、ぐしょぐしょになっている。

 ひとつずつを両手りょうてでころがし、みずはしらにつっこむ。

 なかにいた離為火(りいか)がそれらをゆびでつまんだ。

後巫雨陣ごふうじん離為火りいか刃域じんいき服穂ぶくほ

はいに」

 みずまくをはさんで、離為火(りいか)は服穂(ぶくほ)のこえく。

 両方りょうほう人差ひとさゆび薬指くすりゆびとにひっかけた二個にこかみ球体きゅうたい…それをやや回転かいてんさせるようにゆび位置いちをずらす。

 つぎの瞬間しゅんかんどちらも発火はっかし、またたくえつきる。

 あたりの冷気れいきのためか、すぐにせた。

巫女ふじょ蠱女こじょ

 離為火(りいか)と服穂(ぶくほ)のやりとりを、絖(ぬめ)と一媛(いちひめ)がていた。

 ひととおりわったことを確認かくにんして、「ふたりとも死装束しにしょうぞくる?」とぬめ質問しつもんする。

る」と一媛いちひめおうずる。「必要ひつようないとおもうよ」と離為火りいかこたえる。

「わたしのぶんは簪(かんざし)にまわしてくれる?」

後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ刃域じんいき服穂ぶくほ

 ……みずはしらあかがまじる。そろそろよるだ。

「服穂(ぶくほ)ちゃん」

 一媛(いちひめ)がはなしかける。

「もう全員ぜんいんったとおもう?」

筆頭ひっとうはそういうふうにうごいていたようです」

「おなじようなことは過去かこにあった?」

たようなことは」

「でも巫蠱(ふこ)はつづいた」

おもわれるもののおかげです」

さしぬめ後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ

「蠱女(こじょ)……皇(すべら)もはやつかるといいけど」

「それなら心配しんぱいないよ」

 あそびしながら絖(ぬめ)がう。

「りゅーちゃんがつける」

「どこで」

「桃西社(ももにしゃ)で」

 それをいた一媛(いちひめ)は、左手ひだりて中指なかゆび薬指くすりゆび右手みぎて中指なかゆび薬指くすりゆび二十四回にじゅうよんかいたたいた。

「……そういうこと。しんじる」

後巫雨陣ごふうじんえつ

 わり、未明みめい

 みずはしらからはなれた場所ばしょで、後巫雨陣(ごふうじん)の三女さんじょ、説(えつ)がっぱをもいでいた。とくに調理ちょうりせずとも、その植物しょくぶつべられる。

 小石こいしだらけの最奥さいおうではなく周辺しゅうへんにひそむのが彼女かのじょである。しめりけをあじわうためらしい。

 だから、しばしばしたをだす。

後巫雨陣ごふうじんえつ

 彼女かのじょはしゃがんだ。
 植物しょくぶつっこちかくにむし一匹いっぴきをすくった。ゆび二本にほんして。

 それは貧相ひんそうなかたちをしている。どうやら宍中(ししなか)からまよんだものらしい。

 ゆびをつたう。てのひらへとおりる。生命線せいめいせん往復おうふくする。

 やがてあせにまみれた。
 うごかなくなった。

さしぬめ後巫雨陣ごふうじんえつ

 むしをすくわなかったほうのっぱをって一媛(いちひめ)たちのもとにかう。

 すでにみんなきている。ほおをぐりぐりしてやる必要ひつようはなさそうだ。

 噴水ふんすいをきよめ、っぱをくばる。

 そのとき絖(ぬめ)に死装束しにしょうぞくるかたずねられた。
 説(えつ)は「いちおう」とこたえた。

刃域じんいき服穂ぶくほ

 ところで後巫雨陣(ごふうじん)と之墓(のはか)をつなぐ地下通路ちかつうろ……その存在そんざいっていたのはもちろん蓍(めどぎ)だけではない。

「こういうの」にかんしては、むしろ服穂(ぶくほ)のほうがくわしい。

 しかし彼女かのじょたちは、そこにみだりにまない。

 近道ちかみち了解りょうかいしながらも、さけるのだ。

さしぬめ刃域じんいき服穂ぶくほ

 ふたりは之墓(のはか)を目指めざしている。

 後巫雨陣(ごふうじん)からだと、宍中(ししなか)または赤泉院(せきせんいん)をとおればいい。

 ここで絖(ぬめ)が、ある提案ていあんをした。
 赤泉院せきせんいん宍中ししなか境目さかいめあるいてから目的地もくてきちこうというものだ。

 地理的ちりてきには可能かのうである。服穂(ぶくほ)は了承りょうしょうした。

 今度こんど彼女かのじょぬめをみちびく。

巫蠱ふこ

 くさぼうぼうの平坦へいたんが宍中(ししなか)……そう以前いぜんべた。
 服穂(ぶくほ)たちの右手みぎてにそれがある。

 ただし彼女かのじょ道筋みちすじは、くさむらにでたりはいったりしながら、えがかれる。

 左手ひだりての赤泉院(せきせんいん)との境界きょうかい正確せいかくにたどった結果けっかである。

 くさむたびむしぶ。

 絖(ぬめ)のほうは、くさをさけつつ服穂ぶくほつづく。

刃域じんいき葛湯香くずゆか

 途上とじょうむしげながら、ふたりとならんであるはじめたものがあった。

 刃域葛湯香(じんいきくずゆか)である。

 彼女かのじょおおきなたんすを背負せおって移動いどうするので、見間違みまちがえようがない。

 ましてやあねの服穂(ぶくほ)なら……いや、おなじ巫蠱(ふこ)ならば。とおくにぽつんとみえる距離きょりでも。

刃域じんいき服穂ぶくほ葛湯香くずゆか

 ……くさ途切とぎれが視界しかいにはいった。もうすぐ之墓(のはか)にく。

 ここでようやく葛湯香(くずゆか)が服穂(ぶくほ)のほうにってきた。

「ねえ。十我(とが)によると、アレ、まず八人はちにんはなうつもりらしい」

「それはわたくしが。あと葛湯香くずゆか筆頭ひっとうをアレばわりするものではありませんよ」

さしぬめ刃域じんいき葛湯香くずゆか

「ずゆかちゃん、仕事しごと調子ちょうしはどう」

 絖(ぬめ)がうしろからこえをかける。葛湯香(くずゆか)はかずにこたえる。

「ふるわねえよ。玄翁(くろお)んとことちがってな」

「このごろは建築けんちくだけじゃなくこわしの依頼いらいえてるみたい」

「ふんだくるだろ」

「そりゃね」

之墓のはか

 刃域(じんいき)の巫女(ふじょ)が宍中(ししなか)のつぎに居候いそうろうするは、之墓(のはか)である。

 服穂(ぶくほ)が十我(とが)のいえにもどらなかったのは、移動いどうする時期じきがきたからだ。

 ……すこし、さむくなったようだ。大小だいしょういわがころがる荒野こうやにて、つめたいかぜがたまっている。

 そのわだかまりを服穂ぶくほんだ。

桃西社ももにしゃ

 ……桃西社(ももにしゃ)の夕刻ゆうこく

「とんぼさん!」

 阿国(あぐに)のこえだ。

 陸地りくちつつをかまえていた流杯(りゅうぱい)に手招てまねきする。

「さっき、くじらねえらせがあったんよ、みずのそこから。三人さんにんおるみたい」

 また流杯(りゅうぱい)がみずうみもうとする。
 が、今度こんど阿国あぐににとめられた。

桃西社ももにしゃ

「ごっつんこするって」

 阿国(あぐに)にたしなめられた流杯(りゅうぱい)は、湖面こめんをじっとつめた。

 わずかだが波打なみうっている。そのうねりが徐々じょじょおおきくなる。
 つぎの瞬間しゅんかん、あぶくがかんだ。間髪かんはついれず大量たいりょうあわがのぼってきた。

 そこにかげがまぎれている。

 みっつのあたまがみえてくる。

巫女ふじょ蠱女こじょ

「鯨歯(げいは)、蓍(めどぎ)さん! ……ねーさん!」

 ばれた三人さんにん水中すいちゅうからかおをだしてはじめてたものは、をたたいてよろこんでいる流杯(りゅうぱい)であった。

 つぎににはいったのは阿国(あぐに)。
 こちらの表情ひょうじょうはけわしい。

「ぜーちくさん、ひとまずは無事ぶじやったんやね」

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ阿国あぐに

「阿国(あぐに)……おこってる?」

「いやおこるやろ。二晩ふたばんっとったんよ。せめて『あがってこなくても、じきもどってくるから心配しんぱいするな』くらいってほしかった。

「ぜーちくさん、だいたいかってたやろ。なのに最低限さいていげんしか……いや最低限さいていげんのことさえわんで……」

「ごめん」

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは阿国あぐに

「いいよもう。くじらねえがいっしょやったから問題もんだいないとはおもっとったし」

「あの……阿国(あぐに)」

 鯨歯(げいは)がをそらしながらこえをかける。

「なん?」

「わたしもしかってくれん」

「なんで」

「このしたにあながあったんやけど、そこくぐったあと、ずっと阿国あぐにのこと、ほっといてたから」

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは阿国あぐに

 鯨歯(げいは)にたいして阿国(あぐに)は、おこるになれなかった。

 姉妹しまい関係かんけいにあるからではない。

 自分じぶんあね他人たにん真意しんいからずとも、それらすべてをおもえる度量どりょうっている。今回こんかいも蓍(めどぎ)と歩調ほちょうわせただけだ。

 だから阿国あぐに湖面こめんかぶあねのあたまに、ぽんとせてわりにした。

(つづく)

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