見出し画像

ロバート キャンベルさんの目と手、そして対話―『よむうつわ 下;茶の湯の名品から手ほどく日本の文化』―


淡交社 2022年12月28日刊

 ロバート キャンベルさんが茶の湯の名品を訪ねるー、茶道雑誌に掲載していたものをまとめた一冊である。図書館で偶然見つけて手に取った。この本の2か月前には上巻が上梓されたようなのだが、先に下巻を読んでしまった。久しぶりにとてもすがすがしい、穏やかな気分で本が読めた気がする。

お茶のうつわーたかがお茶を飲むための道具だけれど一つ一つに物語がある

 お茶席での「お道具拝見」という作法で、お道具を手に取って拝見し、亭主の思い入れや器の由来などを伺うのは大きな楽しみの一つである。もう亡くなられた私のお茶の先生は、「見立て」がお上手な方で、ある日のお稽古でかわいい色絵の鴛鴦の香合を拝見した時、由来を尋ねると、おかしそうに笑って、「これ、デパートで買った珍味入れなのよ!」とおっしゃったことがある。そのとき、昔、利休が朝鮮から渡来した雑器の美しさに目をとめて大切に使ったものが、現在、「井戸茶碗」などといって国宝になっているのかもしれませんね、と先生と盛り上がったのを思い出す。国宝から珍味入れまで、お道具には何かしら物語がある。手に取ってその物語を共有する、それがお茶の楽しみでもある。

お茶道具の名品の数々を堪能する

 美術館や博物館にはため息が出るような名品がある。けれど、そういう名品は手に取って感触を楽しみ、裏返して底を見るというわけにはいかない。ただガラス越しに眺めるだけである。
 この本は、普段は手に取ることなどとてもできない名品の数々を間近で、手に取って、しかもそのお道具に詳しい方の解説で拝見するというぜいたくなものだ。この下巻には24点のお道具が載せられている。なかには私自身、見たものことがあるものもけっこうある。もちろん美術館、博物館で、ガラス越しに! MOA美術館の、伝本阿弥光悦「樵夫蒔絵硯箱」、仁清の「色絵金銀菱文茶碗」(これ、レプリカが欲しかったけれど高かったのであきらめた)、五島美術館の古伊賀水指「破袋」、また、緒方乾山作「色絵立葵文透鉢」(香雪美術館)、鈴木蔵作「志埜水指」(菊池寛美記念智美術館)、伝小野道風筆「継色紙」(畠山記念館)、「黄瀬戸立鼓花入」(サントリー美術館)、大井戸茶碗「有楽井戸」(東京国立博物館)などなど、一度ならず目にしている。

目と手、対話が教えてくれる名品の魅力

 どれも、インパクトが強く、それなりに感ずるところがあったけれど、本書を読んで、それもさまざまな角度からの写真とキャンベルさんの目を通して見ると、自分がかつて見たのは何だったのか、と思えてくる。間近で、できるだけ自然光で、また、見る場所(茶室など)にもこだわるキャンベルさんの、名品を見る主体というか、見る人の人柄や知性がうつわそのものの価値に反映されてくるのではないか、と思ってしまう、…というか、みられるお道具も喜んでいるという気さえする。
 キャンベルさんは、それぞれのうつわの隅々まで目配りをする。その目の確かさ、繊細さに圧倒される。焼き物や漆芸、木工、書、などさまざまな器に向かい、いわゆる「その道の専門家」とは違う目で迫っていく。そして、この部分がどうしてこんな赤みを帯びているのか、この歪みはどういう効果があるのか、手に取って、感触を確かめ、重さを実感し、見る角度や光の当たり方で表情を変える道具の個性を読者に丁寧に教えてくれる。また、そのお道具について最も詳しい研究者である学芸員の方に的確な質問をしてさらに世界を広げてくれる。それも作品に付属している公式の解説ではなく、もっと個人的な、道具の由来、持ち主の周辺のエピソードや修復にまつわる裏話などもどんどん引き出してくれるのである。
 この本の魅力の一つはそこにある。近世文学の専門家であり、日本の古典籍に造詣の深いキャンベルさんと、美術・工芸・書などを専門とする研究者である学芸員の方の対話が素晴らしいのだ。この本を読んでいると、(ちょっと大げさにいえば)異分野同志の知の対話から新しい知見が生まれてくるありさまがよくわかる。
 「あ、言われて気がついたんですけれど…」というような会話が随所に出てくるのである。

ファッションも楽しい

 また、本筋ではないけれど、キャンベルさんのファッションも楽しい。お道具が主役なので、キャンベルさんや学芸員さんの写真は極く小さいし、手だけ、という場面も多いけれど、とてもおしゃれな方だとわかる。大島紬の着物、浅葱色の羽織、白いジャケット、不思議なデザインの個性的なチェックのシャツ、などとても素敵でよくお似合いだ。
 (「どこ見てるんだ、お前は!」と叱られそうですけど…)

上巻も楽しみ!

 本書上巻の巻頭はあの窯変天目茶碗とのことである。下巻の最後が長次郎の黒楽茶椀、銘『面影』だ。窯変天目から始まって黒楽で終わるこの並べ方が心にくい。
 静嘉堂文庫の窯変天目茶碗…、日本に3つある窯変天目の中の最高峰(と、筆者は思っている)だ。日本橋の明治生命館に移転し、新装オープンした静嘉堂文庫美術館で、12月に見てきたばかりではないか。ガラス越しでさえ、展示ケースの前から動けなくなってしまうほどの力を持つ、あの窯変天目を手に取ってみた⁉ それはすごいことだ、さっそく図書館に走って上巻を借りて来よう!


明治生命館(1934年竣工)の執務室:静嘉堂美術館に行ったついでに見学した。この堂々たる重要文化財の中で、パソコンを並べて普通に業務が行われているのにびっくり。


いいなと思ったら応援しよう!