＃３　「何もしない」をしに行く

最近　自粛の反動で物欲が増している

しばらくは着て出かけるような予定も立ちそうにないのに　数着もの服をネットで買っては実家に送り　そろそろ母親にあきれられそうだ

少し前まで色々とどうでも良くなって　あらゆる欲を失った状態だったから　今少しづつそれが自分の中にかえってくる感覚がある

例えば　書くということの「意欲」もそのうちのひとつだ　この意欲が自分に前を向かせてくれることもあって　今はさほど厄介とも感じていない

加えて数日前に急に湧き出したのは　温泉に行きたい　だった

趣味の旅行はもう2年もまともにできないでいるから　もう考えないというか　無意識に趣味の枠から外れていたかもしれない　だからどこかに行こうなんて自分の口から出てくるなんて思ってもみなかった　

でも今年最後の連休を控えた台湾　急な思いつきではどこにもいけないとわかっている　口からこぼれた言葉をかき消すように　連休だし無理だね　と重ねて　この話はこれっきりにするつもりだった

それなのに連休中日　日曜日の午後　わたしは夫が運転する車の後部座席に　娘と並んで窓の景色を眺めていた

飛行機が見えると　嬉しそうに報告してくる娘は序盤で寝息をたて始めて　長いトンネルに視界を遮られたわたしも　少しの間眠りについた

気がつくとトンネルの向こう側にいて　自分が暮らす街とは違う空気が流れる景色が広がる　１時間程度で変わる街の温度は　数ヶ月もの間狭い範囲に閉じこもっていた自分の肌に優しく触れた

寄り道することなくたどり着いたのは　夫が奇跡的に見つけてくれたこの日の宿　宜蘭員山にあるWESTIN Yilanだ

彼は数日前のわたしの言葉を本気にしたらしい　あのあとすぐに宿の空きを調べ残り一部屋という表示を見るやいなや予約を済ませたそうだ　

低層でこじんまりとしたつくりにはリゾート特有の大袈裟感がなく　急遽決めてふらっと訪れたわたしたちにもなんの罪悪感も感じさせなかった

通されたファミリールームは　壁や天井に宇宙が描かれていて　部屋の一角にはティピーもあった　娘の誕生日に何度も検討しつつも結局我が家には迎え入れていないティピー　娘はこの部屋をかなり気に入った様子だった　その証拠に地下のプレイルームにも行きたがらず　部屋から出たくないと言い続けた

そう言われるとこちらもSPAにいきたいという気持ちがだんだん薄れてきて　今日はもう何もしない　と改めて心に誓ったのだった

テレビも動画も見ない　課題も執筆もしない　いつも家でやることは何もやらない

その代わり　スピーカーに音楽を飛ばして　しばらく読んでいなかった本を手にとった　

夕飯の後は部屋のお風呂にのんびり浸かった　蛇口から温泉が出るので部屋でも温泉が楽しめる　音楽をかけながら20分以上堪能した　泉質のことはよくわからないが刺激や香りはなく　肌をモチモチにしてくれた　個人的にかなり好みだ

上がった後のスキンケアもいつもより気持ち丁寧にじっくりと進めて　ドライヤーもすでに夢の中にいる二人を起こさないように　最弱で数分かけてやった　銭湯のコイン式ドライヤーなら何円かかるかななんて考えながらやった

ホテル内には水着なしで入れる大浴場もある　朝食前に露天風呂を楽しもうと思っていたが　その時間は雨が強く　内風呂だけを楽しんだ　サウナもコロナのためにお休みだったが　温泉に浸かれるだけでも癒し効果は充分なほどだった　

家にいるとどうしても戦闘モードになってしまうわたし

主婦にとって職場でもある家は常に何かしら仕事があって　小さなことも義務化されていくから　できないことや上手くいかないことに苛立つ

夫は育児に積極的で助かっているけれど　家の中に漂う職場的空気に不必要なストレスをため　その矛先は夫や娘になる

でも「何もしない」というのは実際家では不可能だ　だから今回「何もしない」をしに出かけたことはわたしにとってとてもいい時間になった　そしてそれは家族にとってもいい時間だったと思う

娘がわたしと夫の間に入って手を繋いでいる時　それはそれは満足げにしていたから

きっとわたしもそれを見て微笑んでいただろう

「何もしない」を達成できたこと　自分にとっても家族にとっても大切な時間になったこと　やはり旅行は趣味から外すことはできないとわかった