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宝塚歌劇団 星組 バウホール公演「龍の宮物語」について

※こちらの記事はネタバレを含みますので、これからご覧になる方はご注意ください。

※観劇当時の推測・考察のため誤っている部分がありますが、記録として残したままにしています。

12月2日投稿。以降、12月7日・8日・9日・2月15日・5月16日・6月24日追記。

「龍の宮物語」を観てきました。

ポスターの時点でこれは良さそうだぞ~とワクワクしていたのですが、期待のさらに上を行く良作でしたよ!客席までどんどん水の底に沈んでいくような、どんどん湿度が高くなっていくような、水の気配に満ちた舞台。登場人物全員感情が激重なのでアナザーストーリーが5本は作れる。丁寧な構成と情報量の多さで、上田久美子先生を彷彿とさせる脚本でした。指田先生のこれからのご活躍がとっても楽しみ!
出演者の皆様も、脚本も、音楽も、お衣装も、全てが素晴らしかった。バウホールでしか公演しないなんて、口惜しきことかな…!ぜひ東京でもやってほしい…。もっといろんな人に観てほしいんだよ~。

いくつか気になる点が出てきたので考察してみました。ここの歌詞、本当はこうだったよ!とか、この解釈だとここがおかしくない?とかありましたらリプやDMお待ちしております。(Twitter→@kanna_zuka)

「麦つんで」のお座敷遊びの歌について

「麦つんで」は実在するお座敷遊びの歌で、これを編集して短くしているようです。実在するほうの歌詞はこちらで読めます↓
https://ei88.exblog.jp/amp/23518839/

劇中で歌われている歌詞は下記の通り。

麦つんで 小麦つんで
親の在所が恋しくば
訪ね来てみよ うらみ 葛の葉

元の歌詞だと「所在」ですが、劇中歌では「在所」となっています。

「親」はストレートに考えるならばあのゲームの親役のことかなと思います。ただ、あのゲームは親が銀貨の所在を当てるゲームなので、あの歌詞が単なるルール説明だとすると、「親の在所が恋しくば」ではなく「銀貨の在所が恋しくば」となるはずなので、ここでは「親」=ゲームの親である玉姫のことを指す、と考えたいと思います。

また、歌詞の「恋しくば」以降は下記の和歌からの引用です。
「恋しくば尋ね来て見よ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」
(詠人不明)
安倍晴明の母・葛の葉。その正体が狐であることが夫(安倍晴明の父)・保名に知られてしまい、夫と息子を置いて信太の森に泣く泣く帰っていった葛葉が詠んだ歌とのこと。(「葛の葉」でググるといっぱい解説が読めます!)
ざっくりまとめると、「恋しく、会いたいと思うのなら信太の森を訪ねて来てください。葛の葉の裏に私がいるでしょう。」という意味ですね。「うらみ」は「恨み(悲しみ)」と「裏見」がかかっていて、葛の葉(裏側と表側で色が違う)のように、物事は複数の側面を持つ(葛の葉さんが人間と狐の2つの顔を持っていたように)、ということを表しているそう。

この辺りを踏まえて、お座敷遊びの歌をあえて龍の宮チックに解釈するならば、

①玉姫→清彦への歌として
玉姫は人と龍の2つの顔を持つけれど、恋しければ、(地上に帰った後も龍の宮を忘れずに)訪ねて来てください。

②玉姫→千年前に玉姫を捨てた恋人への歌として
玉姫が恋しいと思うのならば、せいぜい訪ねて来てみればよい。(龍の顔をした玉姫をあなたは愛せるのですか?)

という二通りの解釈ができそうです。

龍の宮のお出迎えの歌について

清彦が初めて龍の宮に来たときに歌われる歌の歌詞が気になるので、わかる部分だけ書き出してみました。

客人(まろうど)来たりて お出迎え
ゆらゆらと ふるべ
いざ給えかし
其は龍の宮 龍神様のおわすとこ

○○○○来たりて」は、「迷い子」か「惑う子」か「もろびと」かなと思ったんですが確信が持てず。
→(12/2追記)「まろうど(客人・賓)」では?とご指摘いただきました!まさにそんな感じに聞こえたので、ここは客人で間違いなさそうです。教えてくださった方、ありがとうございます!

「ゆらゆらと ふ○○○」は「ゆらゆらと震え〜」か「ゆらゆらと降る雨〜」と聞こえましたが同じく確信なし。
→(12/7追記)「ゆらゆらとふるべ」と聞こえたので調べてみたら、「由良由良止 布留部(ゆらゆらと ふるべ)」という言葉が出てきました。(詳しくは「ひふみ祓詞」「ひふみ神言」で調べてみてください!)神宝を振り動かす様子を表していて、死者蘇生に用いる言葉だそうです。この単語が分かったら急に不穏さが増しましたね…!死者、単純に考えるならば玉姫…?それともただお祭り的に歌ってるだけ…?

いざ給えかし
其は龍の宮 龍神様のおわすとこ
ここはそのまんまですね!「龍神様のおわします龍の宮にようこそいらっしゃいませ」です。

ここまでがサビで、このあと別のメロディが続くのですが歌詞が長くて全く覚えられないのでこの辺りで…。

山彦の正体について

一度目の観劇では、山彦の正体については下の4パターンのどれかかなと思っていました。
①死んで「神の視座」を得たので千年前からの事の経緯を知り、龍の宮から戻った清彦に忠告しに現れた。
②清彦の家(伊予部家)と家族ぐるみで付き合いがあり、清彦の祖父から直接玉姫の呪いについて教えられ、「清彦を見守れ」と言われていた。
③清彦の家と代々付き合いがあり、山彦の家には伊予部家と玉姫の因縁が伝承されていて、「清彦を見守れ」と言われていた。
④山彦は「やまびこ」とも読める。山彦はあの山の記憶の集合体で、人間ではない。千年以上も続く恨みの歴史を憐れみ、負の鎖を断ち切ろうと人間の姿になって現れた。

二度目を観劇して①は無し(山彦は百物語の時点で龍の宮について知っている)。④も無さそう(人間じゃないなら震災で死なないよね)。

知人の意見を聞いて、ありそうだな…と思ったのは、
⑤山彦は清彦の祖父本人である パターン。
これを念頭において観ると、清彦本人は「父親を早くに亡くしたので祖母の家で暮らしていた」と言っており、そこに祖父がいたかどうかは明言されていません。むしろ、そこに祖父もいたのならば当時の家父長制の色濃い情勢を鑑みると「祖母の家」ではなく「祖父の家」と言うのが自然ではないでしょうか。
清彦の祖父は子供(=清彦の父、もしくは母)をもうけた後に龍の宮に連れて行かれ行方不明、火遠理と伊吹の手助けで龍の宮を脱出してみたら時は既に孫=清彦の代まで進んでいた、とか。
これならば山彦が清彦の祖父と龍の宮のことを知っていてもおかしくないし、火遠理や伊吹から千年前に玉姫が龍になった経緯を教わっていて、子孫も同じことになるから気をつけろと言い含められていた、って流れなら自然だし。
祖父が龍の宮に連れて行かれたにもかかわらず、幼少期の清彦がうっかり夜叉ヶ池に近付いてしまったのも、当時は祖父が龍の宮に連れて行かれてしまっていたから、夜叉ヶ池に近付くなと警告することすら出来なかった、で説明がつくなぁと。

ただ、この仮説でいくならば、清彦が書生をしている時に山彦も書生であることがちょっと若すぎて不自然では?とご指摘いただきました。まあ、あの書生さん5人組の中では山彦は年長者に見えなくもないからセーフってことで…。一人だけ服装も書生さんスタイルじゃないし。
祖父が何歳の時点で龍の宮に連れていかれたのかがポイントになりそうです。

龍の宮での記憶について(12/8追記)

ラストの場面で火遠理が清彦に「我らのこともすぐに忘れるだろう」って言い捨てて去って行くんですけど、「地上に戻ると龍の宮の記憶は失われる」というおとぎ話によくあるシステムがあるとか、火遠理が清彦の記憶を奪うとかかなぁと思って観ていたら、その後の清彦は龍の宮に関する記憶をなくしていないんですよね。つまり、「お前の記憶は消去される」という予言なのではなくて、火遠理が「どうせお前だってすぐに忘れてしまうんだろう」と思っている、ということ。(そもそもおとぎ話あるあるの忘却システムがあったとしたら、清彦祖父や一度目の清彦が龍の宮のことを忘れてないのがおかしいしね。火遠理が記憶を奪う可能性はなくないけど。)
火遠理が人間を諦観するようになった理由としては、①せっかく清彦祖父を逃してやったのに、その子孫がノコノコと現れた②千年前の若者も、愛していたはずの玉姫のことをすぐに忘れた っていう2つが火遠理の中で重なったからではないかと思うんですけども、そもそも火遠理→龍神への愛の壮大さを思うと、火遠理から見れば人間の愛なんてちっぽけに見えても仕方ないかも…!笑

玉姫が持たせた箱について

「玉手箱」とは呼んでなかったのですが、なんて言ってましたっけ…?「たまかづら」?
→(12/2追記)「玉匣(たまくしげ)」だそうです!教えてくださった方、ありがとうございましたm(_ _)m

玉姫が箱に込めた「呪い」の内容は明言されていませんが、浦島太郎の物語をなぞるならば、「開けた途端に、それまで過ぎていたはずの時間が一気に進んで老いる」というものだったはず。
それなのに、開けても何も起こらなかった(玉姫の歌声については後述)のは、
①元々呪いなんて込めていなかった
②玉姫が亡くなったことにより呪いが効力を失った

のどちらなのでしょうか。
清彦があの場面で箱を開けたのは、「もう玉姫とは二度と会えないと確信したから」です。「開けたら玉姫と二度と会えなくなる箱」なので、どうせ会えないのならば開けてしまっても同じこと、玉姫に会えないこの世ならいっそ呪いを受けたい(死んでしまいたい)という考えですね。
箱を開けて、何も起こらないことに気付いた清彦はその場にくずおれます。物語として美しいのは①元々呪いなんて込めていなかった ですね。箱を開けた清彦は、清彦が龍の宮を去った時点で、既に玉姫には清彦を殺す気がなかったことを知るのです。

(12/3追記)箱を開けても呪いに襲われなかった清彦。辺りには、玉姫の歌声が響きます。
「私のことなど 忘れてください」
この歌声も、
①清彦に持たせた時点から入っていた 
②玉姫が亡くなって、箱の中身が歌声に変わった
③あの歌声は箱に入っていたわけではなく、開封がトリガーとなっただけ。亡くなった玉姫が死後の世界から呼びかけている。
の3パターンが考えられますが、①の場合、あの時点で玉姫に清彦を呪う意思があったのかどうかで大きく変わってきます。清彦を呪う意思があったのなら、「私に再び会いたければ箱を開けるな」が不自然です(清彦が箱を開ける=玉姫に会えなくてもいいと思っている、ということなので、歌声で「忘れてください」とわざわざ伝える必要はない)。
「私のことなど忘れてください」と言うからには、玉姫は清彦が玉姫に会いたがって箱を開ける、という状況を想定しています。ここは②か③と考えるのが自然ですね。

泉鏡花「夜叉ヶ池」を読んで(12/8追記)

一度目の観劇を終え、これは原典にあたらないと…!と思い泉鏡花の「夜叉ヶ池」を読みました。あくまでもエッセンスとして取り入れられている程度なので可能性のひとつとして捉えるしかありませんが。
劇中に「別に殺すわけじゃないそうだ」という台詞がありますが、「夜叉ヶ池」に詳しい儀式の方法の記述がありました。その内容は「月夜の晩に若い娘を裸にして牛の背に縛りつけ、牛を追い立て村中を練り歩いたのちに池に入れる」というもの。殺すわけではないけれども、娘は辱めのあまり自ら死を選ぶそうです。おそろしや…。
読後にあらためて観劇して思ったのは、龍の宮の住人たちは別に生贄を求めているわけではないのかも…?ということ。「夜叉ヶ池」の中で、池に住まう妖たちが「最近人間が牛とか馬とか供えてくるので穢れを綺麗にするのが大変、困る」(意訳)と述べている箇所がありまして。考えてみると、少なくとも笹丸・清彦祖父を逃がした火遠理&伊吹は「人間を地上に帰そう」と考えている(/いた)ので、龍の宮の運営に生贄は必須じゃないのではないかと思うのです。千年前の、神や妖が信奉されていた頃ならばいざ知らず、今のこの世では信奉のしるしとして人の命を捧げよ、とまでは龍神も思っていないのでは。もし本当に今の龍神が「若い娘を生贄に捧げる」という行為に価値を見出してないのだとしたら、本当に恐ろしいのは龍神たちではなく、我欲のために他人の命を差し出そうとする人間たちですね。

指田先生の演出手法について

・歌や台詞があるわけではないのですが、プロローグでこれから起こることを全て説明しています。(「星逢一夜」のような感じ)
・プロローグ、舞台上後方を横切っていく龍の宮のメンバーたちがまるで百鬼夜行のよう!星組の皆さん、さすが「ANOTHER WORLD」で人ならぬ存在のお役を磨いてきただけあって圧巻です。
・薄くたなびく布を使って、水を表現しています。個人的にこれがとっても好き!「伯爵令嬢」の水とか、「金色の砂漠」の砂とかね。
・音が止む、というのをとても効果的に使っています。ピアノの音が止む瞬間、清彦と同じように客席の時も止まり、すっと血の気が引いていくよう。
・舞台中央後方が龍の宮、前方が現世という場面があります。現世で時が進んでいるのに、龍の宮では進んでいない表現が鮮やか。
・(12/7追記)ラストシーン、それまでの場面の中で一番激しい土砂降りが降っているんですね…。「思えばあなたと会う時はいつも雨が降っていた。雨が降る時は必ずあなたのことを思い出すよ」に呼応するように降り注ぐ激しい雨。玉姫…!!そこにいるんだろ玉姫(の魂)…!ここ以外にも、水音や雨音が随所に差し込まれているのが水の気配の正体でしょうか。
・歌詞が好き。「男と女の戯れに似て」って男と女の戯れの域はとっくに超えてる自覚があってよいですね!

出演者についての感想

順不同にて。
瀬央ゆりあさん(清彦)、有沙瞳さん(玉姫):物語が進むにつれて、ただただ清さを増していく清彦。まっすぐで、透明で、清らかで。そんな清彦と対称的に、玉姫はどんどん息苦しく、淀んでいき、でも最後には清彦に救済される。有沙さんの玉姫、日を追うごとに人間の心の割合がちょっとずつ増えていた気がします。「やさしいのね、清彦は」が唐突じゃなくなっていったというか。
とにかくお二人のバランスが絶妙でした。「わたくしは笑ってやったのだ!」で一番泣きました。舞台上の有沙さんは美しいドレス姿なのに、のたうつ醜い龍の姿が見えるようでした。

天寿光希さん(龍神 火照):まさに覇王!って感じ。ラストの這っていく姿がぞくぞくする。上掛けをバサッと脱ぐのがなんとなく脱皮っぽい。龍も脱皮するのかしら。火遠理とのやりとり、本当に毎日違うお芝居。叱り飛ばしている日もあれば諭している日もあったし、火遠理に言っているようで自分の心を確かめている日もあった。

天華えまさん(山彦):山彦ォ~~~!!!山彦と清彦でもう一本話書ける。削られてしまったエピソードがどっさりあるはず。初見時は「山彦君はもう…」で泣き始めました。男同士の巨大感情。

紫りらさん(木蓮):め~~~っちゃかわいい~~~!けど絶対妖~~~!ヒトじゃない生き物としての在り様がプロ。指の先を赤く染めているのがなんとも美しい。

紫月音寧さん(岩鏡):所作が美しい!!お出迎えの場面、扇子のひらめきがうっとりするくらい綺麗です。あの扇子のひらめきで催眠術かけられそう。それと、本当に横顔がきれい。プロローグでずっと見ていられるゾ。

澄華あまねさん(笹丸):笹丸~~~!龍の宮愛おしいキャラグランプリ優勝(私調べ)の笹丸~~~!髪の毛わしゃわしゃしたくなるワンコ的愛らしさ。襟足がキュート。雪駄をペチペチ言わせて歩くのすら愛おしい。「もっと愛想よく踊れ!」って言われて仕方なくニカ~ッと笑って変な踊りをご披露する笹丸たん。フィギュアとかアクリルキーホルダーとかになってほしい。龍の宮は笹丸をマスコットとして売り出して一儲けするべき。ところで笹丸はなぜ人を憐むんだろう?玉姫の苦しみを間近で見ているのかしら。

都優奈さん(島村松子):百合子(水乃ゆりちゃん)と同期なのに、まさかのお母さん!そしてまた上手いんだこれが。都ちゃんの落ち着いた声大好き!2幕では喫茶店の店員さんをやっていらして、声色の使い分けに安定感。バイトも大活躍でしたね。お歌も重宝されていました。

水乃ゆりさん(島村百合子):ザッツ美少女。いよいよ結婚というときに着ているブラウス+スカート姿がとっても綺麗。こりゃ書生さんたちも憧れるわ。ウエストほっっっそ。首と手足なっっっが。百合子と雪子で、似せていながら微妙に違う前髪のあげ方にこだわりを感じます。

大輝真琴さん(黒山椒道):左右で色の違うおひげ!なんというアイデア。常に中指と薬指を重ねて4本指に見せていて、芸が細かい…!河童とか、水棲動物っぽいなあ…と思ったのですがお役名を見て納得。本当に水かきが付いていそう。あと麦つみの場面で火遠理に話しかけては無言&目力で黙らせられてたけど何を喋ってたんだろうか。

澪乃桜季さん(お滝/多江):今回唯一のアドリブ要員ですね!面白すぎて、登場してきただけで笑いが起こってます。「エッ!?!?」が大好き。

美稀千種さん(島村政光/銀山):1幕では百合子や書生たちを優しく見守るお父さんだったのに、2幕のドスの効き方といったら!

朱紫令真さん(白川鏡介):最初に出てくるときのスーツがキマっててかっこいい!まさに事業が上手くいっている、自信に満ちて意気揚々とした青年といった立ち姿。

紅咲梨乃さん(伊吹):伊吹ちゃん、玉姫にも付き従ってるし、清彦祖父を逃がすときは火遠理さんにも従ってるし忙しいな!今回紅咲ちゃんに台詞がたくさんあって嬉しいです。伊吹、麦つみが始まったあたりから清彦を騙すことに対して苦悩している。火遠理→伊吹→笹丸という指揮系統がありそう。

遥斗勇帆さん(金本):ゲッスい。まじでゲッスい。あとポケットに手を突っ込んで雪子をのぞき込むときの足の長さよ。1幕ではお出迎えの場面で妖もやってましたね。

夕陽真輝さん(源五郎):2幕の酒盛りで歌ってる歌、日替わりだー!!この前見た時は「炭坑節」でした。そのうち「ありがたやなんまいだ」とか歌い出しそう。笑

おまけ① 火遠理さんについて

ご贔屓が天飛華音さんなので、火遠理(ほおり)さんについては冷静な解釈ができない!好きです!以上!フィナーレでは火遠理さんメイクのままなんですけども、いつもの活き活きとした表情でバチバチに踊りまくってくださるので見ていて爽快!あんなに体が動いたら、踊ってても楽しいんだろうなぁ。ちなみに2幕の幕開きで一瞬バイトしてるから見てね!!キャスケット帽をかぶって、最初は澄華あまねちゃん(笹丸~!)と組んで踊ってます。かのんちゃん、2019年はキャスケット帽イヤーでしたね。
では、ここからは考察じゃなくて本当にただの感想です。

火遠理さん、基本表情を変えず顔の向きも正面のままでたまに目だけジロ!って動かすんだけどまぁ持ち前の目力の効きがバキバキに活かされてて最高ですね。あと最初の宴会でめちゃくちゃつまんなそう。いいぞ。無表情に見えて案外感情が見て取れるタイプね。一見怖そうに見えるんですけど、悪党ではないのよね。
「兄弟二人でやってきたではありませんか!」で目に涙を溜めていて、なんて健気で一途なんだ火遠理さん。そんなに玉姫の存在が疎ましいなら玉姫をさっさと亡き者にしちゃえばよかったのに、それをしなかったのもひとえに兄君を悲しませたくないという愛と、人間愛よな…。玉姫が刺された時もびっくりしてるし、いきなり「ヤッターこれで兄様と2人きり!」って感じではないので(まあ後々にはそうなるんだけれども)、火遠理の中に人間への憐憫はやっぱりあるんだろうな。 清彦の祖父が逃げる手引きもしてあげてるし。火遠理さんが逃亡を手引きしたこと、普通に玉姫にはバレてたのがかわいい。
「人を憐れむことはあっても人を愛してはいけない」、龍神様に言ってるんだけど、どことなく自分にも言い聞かせてる感じというか、自分の経験から言ってる感じ。もしや火遠理さんも人を!?!?愛したことが!?!?おありで!?!?指田先生この辺りのアナザーストーリーがあるならぜひぜひ書いてください。言い値で買います。
あと火遠理さんの最後の出番、恍惚→賢者タイムの表情の移り変わりがめちゃくちゃエモ。ヤバ。恍惚タイム、本気で崇拝してる。兄の偉業に心酔している。こんなに好きなのに龍神様には全く相手にされてないのが不憫…。ナウオンステージでも「え!?私のこと好きなの!?」とか言われてたしもはや中の人ごと不憫…。いやでもそこがいい。永遠の片想い。そして清彦に「もう二度とお前にもお前の一族にも会うことはない」って告げるときの冷徹さよ。ほんと火遠理さんは清彦に興味ないな。スンッて目の温度が下がりきるのが分かる。清彦に興味がないっていうより、個々の人間には興味がないのかな?でも清彦祖父のことは助けてるんだよな~。命だけは助けてあげたいけどそのあとは知らん、ってこと?
そもそも龍神様と火遠理さんの二人がどんな兄弟関係だったのか、ものすごく気になるよ~~~!「我ら兄弟二人でやってきたではありませぬか」って、龍神様は天候を司っているとして、火遠理さんは何を司っている神様なんだろう?日本神話のWikipediaとか見たけどイマイチ分からない…。
ていうかよくよく考えてみると、この物語を通してハッピーエンドなの火遠理さんだけじゃないですか!?まぁ無事に龍神様の心を取り戻せるかどうかは、わからないんだけど…。
公演が始まるまで、私は「神」というのは人の感情を超えた次元にいる存在だから揺るがない(無表情・動揺せず常にテンションが一定)と思ってたんですけど、龍の宮物語に出てくる龍神火照と火遠理は二人とも人の感情・行動・言葉に揺るがされていて、中から湧き出てくる感情も大きくて。物事が自分の思い通りにならないままならなさに、一番振り回されていたのはこの兄弟だったようにも思うのです。
(12/7追記)
2幕の清彦祖父の再現場面(by山彦)のとこで火遠理も「客人来たりてお出迎え〜♪」って口ずさんでてわたしは腰を抜かした。ええぇ可愛すぎか…火遠理さんも…歌うことがあるのですね…ときめき…
それと目のお化粧が少し変わりましたね。前は下瞼の赤いアイラインが目に沿ってスーッと引いてあったんですけど、今日見たら目頭のほうは赤を塗らずに白っぽいパールみたいなラインで、目尻のほうの赤を少しぼかしてました。人間離れしててちょっと怖い印象から、キリッとして神々しい印象に。サイコーです。
12/7のソワレの最後のほう、龍神様と清彦の感情の量が凄まじくてヒョエ………と思っていたら火遠理ちゃんさんもどえらいことになっててわたしは…!!!兄上への崇拝・礼讃の感情の重さが莫大。先週観た時はまだ(失礼な言い方でごめんなさい→)こういう狂人キャラいるよねヒューヒューぐらいの感じだったんですけど、数段深化してた。人間には理解の及ばない域というか、神の怒りというか、あぁこの方たちは人間でも妖でもないのだな、とただただ感じました。マジで祟れそう。
(12/9追記)
・火遠理→龍神の「これだけは申し上げます」が好き。あなた既にだいぶ申し上げてるわよ!(笑)
・火遠理、龍神様のソロ曲のところで去り際に傷付いた顔をしてちょっと振り向くのが愛おしい。どうして分かってくれないの?というお顔なんですよ。あそこだけちょっと幼くて。兄君が大好きだから、兄君とはお互いに理解し合えないのだということを1000年経っても認められないし、兄君のことを諦められないんですよね。健気。
・あと龍神に「火遠理」って呼ばれた時の火遠理の目のお芝居も日によって全然違ってて好きでした。びくっと怯える日もあれば、理解してくれない兄君に対して苛つく日もあったし、コミュニケーションを期待してる日もあって、目だけでも分かるお芝居って本当にあるんだなあと思った。
・もうほぼ妄想の域なんですけど、きっと火遠理→伊吹→笹丸という指揮系統があると思うんですよ。人間を地上に帰そうチーム。伊吹に玉姫のことを見張らせていたのは火遠理では?と思っている。
・火遠理が清彦祖父を逃がした理由は、兄君の手を汚したくなかったからだと思いました。兄君を人間と同じ土俵に立たせたくなかったというか。そこまで落ちてほしくなかったというか。結局、本当に恐ろしいのは龍神や妖たちではなくて、金本や銀山のような、他人の命を捧げてまでも救われたいと願う人間の心なんだと思うんですよね。玉姫のために他人(清彦や山彦)の命を奪うということは金本や銀山のやろうとしたこと(雨ごいのために雪子の命を奪う)と同じことなので。そのようなあさましい行為を兄にさせたくなかったのかなと。

おまけ② プロローグ配信を見て(2/15追記)

タカラヅカオンデマンドでプロローグ映像の配信が始まりましたね!見てください!220円でプロローグ全部見れます!龍の宮物語はプロローグで全てを説明してくれているタイプの作品なので、未見の方にもぜひ見ていただきたいです。歌詞とか振り付けとかを深読みすれば物語がかなり分かると思います。

https://tv.rakuten.co.jp/content/329539/

「夜叉ヶ池ありけり」で龍の宮メンバーがジロッ…って振り向くところがカメラワーク的に映ってないのだけちょっと残念なのですが、観劇時に見れていなかった部分などもあり新たな発見がありました〜!

①「龍の尾 翻し」
歌詞に合わせて、玉姫が着物の裾を蹴り上げていたんですね。龍=玉姫が、尾=裾を翻している…!!つくづくプロローグに全てが詰まっている…すごい…!!

②髪について
玉姫の髪がウェーブなのは、水中に揺蕩う髪の表現なんじゃないかなぁと思っていまして。人の子だった頃の玉姫は普通の黒髪ストレートなので、水に沈められたことを髪でも表現しているのかなあと思っていたのですが、プロローグで主要なキャラクターが全員揃っているのを見るとウェーブ髪がもう1人いる…!ほかでもない、龍神火照です。火照と火遠理は兄弟なのに、火遠理はストレートなんですよね。そこの違いが気になって色々考えてみたのですが答えが見つからない…!龍神に近いと影響を受ける?だとすると火遠理が影響を受けないわけがないし…。

③龍の宮メンバー、怖い
3分55秒辺りで中央から端に向かって1人ずつカッ!て振り向いていく龍の宮メンバー、超怖くないですか!?火遠理さんしか見ていなかったのでこの圧を知らなかった…!!薊・伊吹に至るまで怖いよう。特に伊吹の振り向き方の迫力たるや。

④玉姫の表情の変化
5分15秒辺り以降の玉姫の表情が、ラストを知っていると、とにかく泣ける。ほら、プロローグで全部説明してるからさ。プロローグラストの玉姫はイコール物語ラストの玉姫。龍の宮物語に心臓を掴まれたままの自覚はあるんですがもはやプロローグだけで泣けた。

⑤しずめて しずめて しずめて
「沈めて」「鎮めて」「静めて」どれなんだ〜!
どれなんだとか言うのも野暮な気がしますが〜!どれなんだ〜!気になる〜!脚本を読ませてくれ〜!(←これが言いたかった。)

まとめ:再演楽しみにしてます!!!!!お願いします!!!!!
ついで:龍の宮物語が好きすぎて着付け教室に通い始めました。お着物着たい…


おまけ③スカイステージでの放映を見て(5/16追記)

ついに、ついにスカイステージで全編放映されましたね…!指折り数えたファーストラン、コロナの影響で番組改編が入ったのか、当初の予定より1ヶ月以上早めての放映となりました。早く見たいような、でも放映されてしまったら本当にこれっきりで龍の宮が完結してしまうからまだ見たくないような…そんな緊張と共に放映日を迎えました。

映像という形になってなおあのバウホールの空気感を保てるのか、不安な部分もありましたが、大満足でした!特に序盤から山彦の表情をしっかり(清彦の後ろに、という形でさりげなく)カメラで抜いていてくれたのと、伊吹の表情を抜いていてくれたのがグッジョブ!という感じでした。
見るべきポイントをきっちり押さえておいてくれるので、一度見るだけでも多くの伏線をちゃんと拾えます。(生観劇だとどうしても真ん中にいる人たちや贔屓のお芝居に注目しがちで、後ろの細かいお芝居が見えなかったりするんですよね笑)
そんなわけでちょこちょこと新たな気づきが。

①伊吹が人間を地上に戻そうとする理由
二幕の最初のほう、姫様が龍の宮にいらっしゃった時もこのような(干ばつの)時期でしたね〜のくだり。「玉姫様は泣き言をおっしゃることなく」に対する伊吹の表情がバッチリ抜かれてます。ここ、伊吹だけが同意せず、渋い顔をしているんですね。観劇当時は気付いていませんでした。
ナウオンでも有沙さんが「伊吹にだけは心を許せる」(※ニュアンス)と言っていたので、恐らく玉姫が龍の宮に来た当初から玉姫に付いたのが伊吹だったのでしょう。その伊吹だけが、龍の宮に連れて来られた玉姫の苦しみを目の当たりにしていたのだと思います。そして、あのように苦しむ人間をこれ以上増やしたくない、あるいはこれ以上玉姫の苦しむ姿を見たくないという思いから、清彦祖父を地上に戻す手助けをしたのではないでしょうか。

②百合子さんの療養
百合子さんが婚約中に療養に入ったの、清彦が姿を消したことを気に病んでメンタルをやられてしまったのかな、と思いました。

③玉姫のセリフ
玉姫の庭に清彦が初めて入るシーン。玉姫の「価値あるものをその手で得たいと思うようになる」「ささいなものは忘れ去られてゆくものですから」という台詞が引っかかる。ここだけ全体を通しての玉姫の言動からちょっと浮いているというか。

④龍神のセリフ
「あにはからんや!此度はお前がさほどに乗り気とは」、何気なく聞き流してましたが、龍神は前回(清彦祖父)は火遠理が乗り気じゃなかったことに気付いてるんですね!火遠理が清彦祖父を逃したこと、玉姫にも普通にバレてましたし、火遠理意外と詰めが甘くてかわいいじゃん…(笑)

⑤ラスト火遠理の「我ら兄弟で治めましょう」
ここは何が何でもアップで抜いてほしかった………!(`;ω;´)兄君に陶酔する表情からの「さらばだ清彦」の切り替えがみどころなのに………ほんと………いやあそこ全員すごい芝居してるけどさあ………恍惚・陶酔・恭悦をあそこまで表した表情、本当にすごかったの………なぜ映像に残らない………
あとついでに麦つみしてる間の火遠理も映してほしかった…………ずっと表情が「「「無」」」なんですけど、途中で黒山椒道にやいのやいの話しかけられてめっちゃウザそうな顔でジロッ…て一瞥して黙らせるの好きだったんです………

見るべきポイントがきっちり整理されていたので、初見でも戸惑わない映像構成でした!2回見ると張り巡らされた伏線に気付けて気持ちいいのでみなさんぜひ2回目をご覧ください♡

おまけ④ラストシーンの龍神火照について(6/24追記)

雨が降っていたので龍の宮の録画を見ました(いろんな理由をつけて見まくっている)。
今まであまり火照について考察できていなかったんですが、これはもしや…という解釈ができたので書いておきます。
最後、玉姫が死んで火照が狼狽するシーンですが、ここで火照は龍の姿に戻っているんじゃないかと思うのです。
この直前、清彦から桜蓼を受け取った玉姫がそれまで着ていた水色の着物を脱いで龍の姿になっています。着物を脱ぐという行為が「変身」を表しているんですよね。
火照も、玉姫が死んだのを見て階段を這い(=既に二足歩行ではなくなっている)、最後にばさっと着物を脱いで絶句します。階段を這い上がるときも、べちん…べちん…という音がなんとも生々しく、両生類のような、ぬめった質感であるようにも聞こえます。
火照が玉姫に合わせて人間の姿をとっていたとすると、玉姫がいなくなって龍の姿に戻ったのは1000年以上ぶりなわけで。龍フォルムの火照を久しぶりに見た火遠理はそりゃあれだけ興奮しますわな!っていう…!

おまけ⑤山彦の正体について(5/16追記)

ネタバレだよ!知りたくない人は読まないでね!

下までスクロールしてね!(古典的な隠し方)


















「山彦=清彦祖父」で確定だそうです。スカステ映像でも分かりやすかった気がする。逆に、観劇当時なぜ最初にその考えに至らなかったんだ…?と自分の思考を不思議に思うくらいです。(笑)










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