「生成AIが雇用の削減ではなく労働時間の減少をもたらす」を最優先に!-国際合意・行動に向けた早急な取り組みを-Prioritize “generative AI will reduce working hours, not reduce employment”! -toward immediate efforts for international agreements and actions-
概要
・ChatGPTなどの生成AIのニュースが毎日のように届くが、ノウハウやリスクに関する議論が多い。しかし、一番大事なのは、「雇用の削減ではなく労働時間の減少」ではないか。
・G7デジタル・技術大臣会合の閣僚宣言や政府における検討は、重要なポイントをある意味網羅しているが、「雇用削減ではなく労働時間削減」という課題へのリーダーシップを発揮しているとは言い難い。
・企業や各国政府をリストラ競争に走らせないための国際的な合意が必要であり、雇用が失われてからでは遅い。
・国際的合意のための交渉と並行してSDGsの今日的な課題として、各国政府、NGO、自治体、企業、個人が「生成AIを雇用削減ではなく労働時間削減に活用する」という課題に取り組むことは可能である。Goal8の「包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する」は、「生成AIが雇用の削減ではなく労働時間の減少をもたらす」を抜きにしては実現できない。
・「生成AIを雇用の削減ではなく労働時間の減少に生かす」方向性の取り組みの中でこそ、生成AIの革命的なツールとしての活用やリスク対策などにも、DXやリスキリングにも新たな価値が見出されるだろう。
Summary
We receive daily news about generated AI such as ChatGPT. Most of them are discussions about know-how and risks. However, the most important thing is "reduction of working hours, not reduction of employment.
The Ministerial Declaration of the G7 Digital and Technology Ministerial Meeting and the discussions in the Japanese governments cover the important points in a sense, but it is hard to say that they are showing leadership on the issue of "reducing working hours, not employment reduction".
An international agreement is needed to prevent companies and governments from engaging in a restructuring race, and it is too late to do so after jobs have been lost. The Leaderships toward this direction is urgently needed.
In parallel with the negotiation of international agreements, governments, NGOs, municipalities, businesses, and individuals can work immediately as actions for the SDGs to "utilize generative AI to reduce working hours, not to reduce employment". SDG Goal 8 "Promote sustained, inclusive and sustainable economic growth, full and productive employment and decent work for all" cannot be achieved without "utilizing generative AI to reduce working hours, not to reduce employment".
It is only in efforts in the direction of "making use of generative AI to reduce working hours rather than to reduce employment" that new value will be found in DX and reskilling, in the use of generative AI as a revolutionary tool, and in risk countermeasures.
目次
1.はじめに
2. G7デジタル・技術大臣会合の閣僚宣言や政府における検討
3.企業をリストラ競争に走らせないための国際的な合意が必要 -雇用が失われてからでは遅い-
4. SDGsの目標(Goal)8の「ディーセント・ワーク」の具体化として ―SDGsの重要な課題として、各国もNGOも企業も自治体も国民も直ぐに取り組めるはず-
5.租税回避地対策のOECD/G20合意のような具体策へ
6.多様な検討・取り組みを「雇用削減ではなく労働時間減少」の方向を生み出す変革を
Table of Contents
1. Introduction
2. Ministerial Declaration of the G7 Digital and Technology Ministers' Meeting and Government Considerations
3. International agreement is needed to prevent companies from competing in a restructuring race - it is too late to do so after jobs have been lost-
4. As actions for the Goal 8 of SDGs
- governments, NGOs, municipalities, businesses, and individuals can work immediately as actions for the SDGs -
5. To concrete measures such as the OECD/G20 agreement on measures to combat tax havens
6. Diverse studies and initiatives for change that will create the direction of "reduction of working hours, not reduction of employment".
1.はじめに
ChatGPTなどの生成AIのニュースは毎日のようにスマホに届く。週刊東洋経済は4月22日号で「ChatGPT仕事術」を特集し、週刊ダイヤモンドは6月10・17合併特大号で「ChatGPT完全攻略」の特集を掲載した。企業や自治体での活用、教育現場でどのように使うか、規制すべきかという議論についてのニュース、ネット記事も多い。これらの多くはノウハウやリスクについての議論である。
様々な議論の中で、私は特に、「雇用が数10%減少するので大変だ」という議論に注目している。例えば、GIGAZINEの記事、「「ChatGPT」などの自動生成AIは世界のGDPを7%増加させると同時に3億人の雇用に影響を与えるという調査報告、日本は世界で3番目に大きな影響を受けるとの指摘も」で(2023年3月30日)では、ゴールドマンサックスの報告を引用して、特に仕事を奪われるリスクが高い職種として、事務系タスクと弁護士を挙げている。影響は国によって異なり、日本は約25%で香港、イスラエルに次いで主要国で3番目とされている。
政府やG7などでも生成AIの検討はされているが、「雇用の削減ではなく労働時間の減少」を最優先して目指すイニシアティブについては私の目や耳に入ってきていない。関連する検討は沢山なされているので、人間にとって、人間社会にとって最も重要なこの点に集約した取り組みを期待してこの記事を書いた。
2. G7デジタル・技術大臣会合の閣僚宣言や政府における検討
生成AIについては、4月30日に開催されたG7デジタル・技術大臣会合の閣僚宣言でAIの活用や規制に関する議論が行われ、59項目からなる閣僚宣言が採択された。この宣言の中では、「責任あるAIとAIガバナンスの推進」の見出しの下;
「42. 我々は、OECD の AI 原則に基づき、人間中心で信頼できる AI を推進し、AI 技術がもたらす全ての人の利益を最大化するために協力を促進するとのコミットメントを再確認する。我々は、民主主義の価値を損ない、表現の自由を抑圧し、人権の享受を脅かすような AI の誤用・濫用に反対する。」
との記述(特に太字部分)があり、「雇用の削減ではなく労働時間の減少」についても「ここに書いてある」と「読むことはできる」。しかし、「AI」という単語が46回現れるのに対して、「貧富」、「貧困」は皆無、「格差」については「デジタル格差」として1回、「雇用」については「雇用創出」として1回現れるのみである。「書いてある」ことと、最優先の課題として緊急に取り組むべきであると明記することには大きな違いがある。そういう意味で、「雇用の削減ではなく労働時間の減少をもたらす」ことを高い優先度で取り組むようなイニシアティブを発揮しようとする宣言ではなかったと言える。
内閣府のAI戦略会議でも広範に検討されている。5月11日に第1回会議が開催され、第3回までの資料が公開されている。このような会議の問題意識は、通常第1回会議資料で示される「論点」によって知ることが出来る。「生成AIなどAIは進化を続け、さらなる可能性と懸念が混在。開発競争も激化。」として以下の論点が挙げられている:
いずれも「我が国」としての当面の重要課題であることに異論はない。ただ、「雇用」という単語は3回の会議のどの議事要旨にも出てこなかった。
私は、「まだ生成AIによって雇用が失われていない今こそ、生成AIを労働時間の減少に使うべし」という観点からの日本政府からの問題提起と国際的な場での検討が早期に行われることを期待している。
3.企業をリストラ競争に走らせないための国際的な合意が必要
-雇用が失われてからでは遅い-
「企業にしろ,個人にしろ、成功者は自分の能力と努力の結果だと考えるが、実は、地域、国家、国際社会や他の人々に支えられていたということに、新型コロナ禍によって気づいたに違いない。さらに問題なのは、短期的利益を最大にするために、生態系及び人間社会を地球規模で最も効率的に使うというグローバル経済のあり方、市場経済のあり方である。これが人間社会を疲弊させてきたということに、我々は改めて気づいた。」と、私は、当時会長を仰せつかっていた日本環境共生学会の特別シンポジウムの中で、新型コロナパンデミックの中で気付かされたこととして述べた。
これは、新型コロナ発生以前から多くの方が指摘してきたことで、特段新しいことではない。「新しい資本主義」がスローガンになり得るところまで、誰もが人間社会の疲弊、とりわけ貧富の格差が進んでしまったという現実がある。生成AIにはこの轍を踏んでもらいたくない。
短期的利益を最大にするために、生成AIの導入競争が企業によって、各国家によって行われ、個人は生成AIスキル獲得競争に走っている。各国に任せれば国の競争力の増強に走り、雇用の減少の方向が強まる可能性が大きい。G7デジタル・技術大臣会合の閣僚宣言や政府における検討自身、現在の課題への具体的な取り組みとして妥当であるにしても、「『ChatGPTなどの生成AIが雇用の削減ではなく労働時間の減少をもたらす」ためには、やはり、SDGs、気候変動枠組み条約パリ協定や、租税回避地問題に対する国際合意のような取り組みが早急に必要である。
4. SDGsの目標(Goal)8の「ディーセント・ワーク」の具体化として
―SDGsの重要な課題として、各国も企業も直ぐに取り組めるはず-
SDGsのGoal8は何だったか、直ぐに出てこない人も多いのではないか。「『働きがいも経済成長も』でしょ」と言わないで欲しい。これは日本語のロゴに入っているスローガンである。外務省の「Japan SDGs Action Platform」の「SDGsとは?」の「各種参考資料」の「>持続可能な開発のための2030アジェンダ」及び「>英語本文」と「仮訳」の「Goal 8」及び和訳された「目標8」(「ゴール8」と訳すべきと考えるが)を参照すると、「Promote sustained, inclusive and sustainable economic growth, full and productive employment and decent work for all(包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する)」である。(「包摂的」とは「誰一人取り残されない」という意味である。)日本のSDGsロゴからは「人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)」が抜けている!英語のロゴのスローガンは「DECENT WORK AND ECONOMIC GROTH」である。「decent work」はgoogle翻訳では「まともな仕事」である。国際労働機関(ILO)駐日事務所のホームページには「ディーセント・ワーク」のページがあって、「ディーセント・ワークとは、『働きがいのある人間らしい仕事、より具体的には、 自由、公平、安全と人間としての尊厳を条件とした、 全ての人のための生産的な仕事』のことです」と書いてある。また、「ディーセント・ワークは持続可能な開発への鍵」ともある。
Goal8(目標8)を具体化した「ターゲット」には;
8.2 高付加価値セクターや労働集約型セクターに重点を置くことなどにより、多様化、技術向上及びイノベーションを通じた高いレベルの経済生産性を達成する、
8.3 生産活動や適切な雇用創出、起業、創造性、およびイノベーションを支援する開発重視型の政策を促進するとともに、金融サービスへのアクセス改善などを通じて中小零細企業の設立や成長を奨励する、
8.5 2030 年までに、若者や障害者を含むすべての男性及び女性の、完全かつ生産的な雇用及び働きがいのある人間らしい仕事、ならび同一価値の労働についての同一賃金を達成する、
とあり、ChatGPTなどの生成AIは8.2、8.3のための強力なツールであり、同時に8.5に貢献すべきである、というのがSDGsの立場であることが分かる。8.3はデジタルトランスフォーメーション(DX)や「リスキリング」の方向性を示すものと受け止めたいものである。Goal 8(目標8)の全体像は、8.1~8.10、8.a、8.bの全ターゲットを読むと「なるほど」と腑に落ちる。決して「働きがいも経済成長も」というロゴのスローガンだけ読んで分るものではないことに注意したい。
国連総会で採択され、日本政府が取り組み、2023年7月時点でで557企業・団体が公式に取り組んでいるSDGsのゴールとターゲットを踏まえるならば、新たな国際的な合意や枠組みを待つことなく、政府も自治体も企業等の事業体も個人も、「生成AIが雇用を削減するのではなく労働時間を減少させる」ための行動に直ちに取り組めるはずである。
5.租税回避地対策のOECD/G20合意のような具体策へ
とは言え、「生成AIが雇用の減少をもたらすのではなく、労働時間の減少をもたらす」ための具体的な国際合意があれば、各国での具体策への「外圧」として効果的に違いない。具体化に時間がかかり、「too late」の感はあるが、利益をケイマン諸島などの法人税の少ない国に帳簿上で移して課税逃れをすることを防止するための最低税率15%についての合意や、グーグルやアップル、フェイスブック、アマゾンなどのIT企業群が、支店や営業所がない国で莫大な利益を上げても課税されないという問題への対応についての合意が、2021年10月8日にOECD/G20会合でなされた。OECD日本政府代表部では、「100年ぶりの国際課税原則の見直し」であるとし、調整に貢献した日本のお手柄と解説している:
交渉当事者以外からは様々な意見があると思われるが、一例として、関係学識経験者の研究論文「いわゆるBEPS2.0をどう捉えるか?」では、効果が限定的であることや今後の課題を指摘しつつも、「経済のデジタル化によって進行する、国家vs.企業の力関係の大きな変化(企業の相対的優位性の増大)に対応して当局側に相互協力のインセンティブが強まったために130以上の国・地域による協調・合意が可能になったと論評している。
ロシアによるウクライナ侵攻によって国際協調の困難さは増大してはいるが、「生成AIが雇用を削減するのではなく労働時間を減少させる」ために、少なくともG7・OECDでの具体的な合意を早急に目指して欲しい。
6.多様な検討・取り組みを「雇用削減ではなく労働時間減少」の方向を生み出す変革を
ここまで、「雇用削減ではなく労働時間の減少」への取り組みが、国際的にも国内的にも不十分であると指摘してきたが、G7デジタル・技術大臣会合の閣僚宣言や内閣府のAI戦略における検討や行政、教育、企業、個人が現在行っている検討、努力を否定するものではない。「雇用削減ではなく労働時間の減少」を具体的に実現するためには、猛烈なスピードで行われているこれら検討、提案、取り組みが役に立つと考えている。
例えば、「リスキリング」と言えば、ITやプログラミングのスキルを身に付けることというイメージがあったが、生成AIが「スキル」の部分をかなり担えることになると、経営感覚、人間や社会に対する洞察力を身に付けるための「多様なリスキリング」が重要になるに違いない。書類作りに多大な労働時間を割いているために志望者が減少している行政や教育部門では、労働時間の削減のために、生成AIの導入は緊急課題である。そのためには、セキュリティ、守秘義務や個人情報保護に関して行われている検討を活用することが不可欠である。雇用者が「生成AIをバーチャル従業員とする」個人事業主や中小企業社長として起業することが急増する可能性があるが、多様な起業支援や「敗者復活戦」支援が求められるだろう。これら起業家による生成AIの活用のためには、著作権や特許などに関する支援にも、これまでと違った面が重要になるに違いない。
生成AIに対して現在行われている取り組みと生成AI自身が、ディーセント・ワーク、すなわち、「働きがいのある人間らしい仕事、より具体的には、 自由、公平、安全と人間としての尊厳を条件とした、 全ての人のための生産的な仕事」と人間の自由時間の増加を生み出しつつ持続可能な経済成長に貢献するならば、人間社会は疲弊から立ち直ると考える。今こそ、この変革を推進するリーダーシップが求められている。
※本記事は筆者個人の見解であり、出身研究機関や現在の勤務先とは無関係です。
【補足】
「よろず 環・境・研」の「こころ」は、
「どんなものにも境界があるけれど、その境を越えて環(わ)をかける、それを究めたい」ということです。学問分野や組織の縦割りの「境」にも。もちろん、「環境研」究、住まいの最寄りの駅の武蔵「境」にも掛けています。
タイトル「よろず 環・境・研」の背後の写真は、日本一の清流、高知県の仁淀川の支流、安居渓谷で、川の水の上から川底の石を撮影したものです。まるで水がないかのようです。透明度40mと言われています。少し深いところでは、「仁淀ブルー」を堪能できます。