【短編小説】チョコっと、ゲーム

今日は友達の家で『大学の課題を進める会』の日だ。

一人だとどうしても集中力が続かない私からの提案した会なのだが、その友達は快く引き受けてくれた。
その上「だったら私の家でやる?」と提案してくれたのは実家暮らしの私にとってはすごくありがたかった。

私は、一人暮らしをしている彼女の家に行くのは初めてで、同性の友達といえどちょっと緊張しながら歩みを進めていた。

彼女の家に向かう前にふと、コンビニに立ち寄る。

(一応お邪魔する立場だし何かお菓子でも……)

そう思い、お菓子売り場を物色する。
いつもならついつい手を伸ばしてしまうスナック菓子が視界に入る。

(あっ、でもこれだと手が汚れちゃうかも)

そうそう、遊びに行くんじゃないんだから。
私は自分にそう言い聞かせて、別のお菓子を選んだ。
手が汚れず、シェアしやすいお菓子。

「ポッキーなら大丈夫かな」

私はポッキーを購入し、彼女の家に向かった。


『ピンポ~ン!』

心地よいインターホンの音が響く。

「は〜ぁい」

聞き馴染みのある声とともに玄関のドアが開く。
部屋を間違えてなくて私は安堵した。

「やっほ。今日はありがとね」

「いーの、いーの!一人暮らしって暇だしさ!さぁ入って?」

彼女は私を笑顔で招き入れてくれた。
彼女の屈託の無い明るさは、私の緊張を瞬時に溶かしてくれた。

「私も友達を家に呼ぶなんて久々〜!なんか、テンション上がってきちゃった。何して遊ぶ?ゲーム?」

「ちょっと?今日は課題を進めるつもりで来たんだけど?」

「えへへ〜!ごめんて〜」

明るすぎて、ちょっと無邪気なところは困る時もあるけどそこもまた彼女の良さ。

そんな彼女と開始した『課題を進める会』
バイト先の話とか、恋バナとかで脱線しがちな彼女を宥めながら課題は順調に進んでいった。

「私も結構集中力無くて、それこそこの会を主催した身だけど……まさか私以上に集中力がないとは……今までの課題とかどうしてたの?」

「課題?良くて後出し、最悪バックれかな〜」

あっけらかんとしている彼女に、私は呆れた。
そして改めてこの子の為にもこの会を企画して良かったと思った。

「いや〜!今日はホント来てくれて助かったよ〜。課題めっちゃ進んだもん!たったこれだけの時間でこんなに進むなんて私史上最速かも!?」

「まぁ、私が脱線してお喋りばかりしてるあなたを戻してあげた功績も大きいんじゃない?」

そう言いながら私は先ほど買ってきたポッキーを取り出した。

「お互い頑張ったし、そろそろ休憩にしよっか。私ポッキー買ってきたの」

「わ〜い!ポッキーだ!むっちゃ頭使ったから糖分欲しかったんだ〜!ありがと〜!」

彼女はポッキーに飛びつき、早速開封すると「あ!」と、何かを思いついたように呟き、そしてニヤリと笑った。

「どうしたの?」

「ねぇ、ゲームしようよ」

「ちょっと、さっきも言ったけどゲームは……」

私の言葉を遮り、彼女は続けた。

「ゲームはゲームでも、ポッキーを使ったゲーム!」

「なにそれ?」

「ルールは簡単、ポッキーをお互いに食べさせあって、恥ずかしがった方が負け!」

「勝ったら何かあるの?」

「う〜ん、じゃあ勝ったら相手に一つお願いができる!っていうのは?」

「シンプルで良いんじゃない?じゃあ私が勝ったら集中して課題に取り組んでもらおうかな?」

「ぐぬぬ〜!絶対負けないもん!まずは私からね!はい、口開けて?」

「へ?」

「『へ?』じゃないよ。言ったでしょ?食べさせあうんだから、お口開けてもらわないと。はいあ〜ん?」

なんだかいざ実践するとなると急に恥ずかしくなってきた。しかし彼女はニヤニヤしながら容赦なくポッキーを近づけてくる。彼女に負けたらどんなお願いをされるかわかったもんじゃない。
私は意を決して、口を開けた。

「あ、あ〜ん……」

ぱくっ!

口の中に広がるチョコのほのかな甘み。
だが私は恥ずかしさで、ゆっくり味わっている場合ではなかった。
私が食べている間の、無言の間がちょっと気まずい。

ゴクリと飲み込んだ私は早く次へと進みたかった。

「ほ、ほら!食べたわよ!」

改めて彼女の顔を見る。きっと恥ずかしがる私を見てニヤニヤしているんだろうな……と思ったら。

「ま、まぁ。ギリギリセーフかな」

なんだか以外と普通で思わず拍子抜けした。
私はそんな彼女に容赦なくポッキーを差し向けた。

「次はそっちが食べる番!さぁ開けて?あ〜ん?」

「あーん……」

さっきからちょっとしおらしい彼女にゆっくりポッキーを近づける。

彼女がぱくっと口を閉じた。

やってみてわかったがこれは食べさせる方も中々に恥ずかしい。きっと彼女もそんな感覚になったから大人しくなったのだろう。

「美味しい?私のポッキー」

「うん……じゃあ次は私だね」

それから私達は交互にポッキーを食べさせあった。いつしか勝敗も忘れかけ、時もだいぶ流れた。

残りのポッキーがラス1になった、夕暮れ。
彼女が私に食べさせるターンだ。

「ふふっ、もう食べさせるのも馴れた?」

回数を重ねる毎に、笑えるくらいには気持ちに余裕ができてきた。

「そっちだって初めは恥ずかしそうだったよ?」
彼女もはにかみながら最後のポッキーを私に向ける。

「そうだったっけ?」
「とぼけるのは良いから、口開けて?」
「あーん……」

最後が一本を彼女が私に入れる。
視界に大きく映る彼女の指、そしてその奥には彼女の顔。それらを程よく照らす夕暮れの光。

光の当たり加減のせいか、なんだか彼女がいつもより大人っぽく見えた。さっきまでこんなゲームをしようって言うくらい無邪気だったのに。

口を閉じたとき、私は徐々に離れていく彼女の指を見つめていた。
至近距離で友達の手を見ることなんて滅多にないけど私は彼女の指に「綺麗だなぁ……」と見惚れていた。

そんな私を現世に戻すかのように彼女は大きく手を叩いた。

「は〜い!おしまいおしまい!どうだった?」

「意外と楽しかった……かも?」

私は素直に感想を述べた。彼女は笑ってそれに答えた。

「なら良かった!ところで勝敗、どうしようか」

私もここで勝敗の存在を思い出した。
私も結構恥ずかしがっていたが、彼女も中々に恥じらっていたと思う。だが、このゲームを通して大切な友達の新たな一面を見れて嬉しかった。
私は少し考えて、彼女に言った。

「私の負けでいいよ。楽しいゲームをせっかく提案してくれたんだし」

「えっ?ホントに?私も結構恥ずかしがってた気がするけど」

「私がいいって言ったらいいの。ほら、早くお願い言って?気が変わっちゃうかもよ?」

「じゃ、じゃあ」

正直ちょっと日常では味わえない刺激を感じることができたので、この時私は彼女に感謝していた。
だからこそ、どんな願いも聞き入れる覚悟で、彼女の言葉に耳を傾けた。

「じゃあさ、今度はウチに遊びに来てよ。勉強じゃなくてさ……ほら、一人暮らしって……」

「暇?」

彼女は首を横に振って、私の袖を掴んだ。

「淋しいから……さ」

私は袖を掴んでいる彼女の手に手を重ね、答えた。

「そのお願いなら大賛成だよ」




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