【短編小説】半夏生のタコ
7月2日、今日も30度超えの猛暑でこのまま何度まで気温が上がってしまうのかと思う今日この頃。
夕方になっても全然暑さは収まらず、転がり込むように僕は部活から帰宅した。
「あっつー!死ぬー!」
ガチャっと玄関を空けると、クーラー天国が待っていた……と思ったら、クーラーよりも先にやってきたのは鼻をつんざく酸っぱい刺激臭だった。
「あら、おかえり〜」
この刺激臭のする中、呑気に出迎える母に僕は猛抗議した。
「おかえり〜、じゃないよ!何この匂い!酢酸カーミン液でもぶちまけた!?」
僕はこの匂いから咄嗟に学校の理科の授業で使った薬品を思い出した。
「さくさん?あんた何言ってんのよ!今日はタコの酢の物よ」
僕は匂いの原因がわかって一安心した。
「なんだぁ、酢の物かぁ。通りで酸っぱい匂いだと思ったんだ」
「なんか今日はね、タコが安かったのよ。なんでかわかる?」
「えっ?なんで?8の日だからとか?」
母は呆れた顔で首を横に振った。
「違うわよ!今日は7月2日でしょ!」
あまりの暑さで僕は日付感覚が狂っていた。
「えー、じゃあわかんないや……」
「正解はね半夏生の日よ」
「はんげし?ハンカチの昔の言い方?」
「それを言うならハンケチでしょ!」
さすがはウチの母だ。関西出身ならではの的確なツッコミがワンタイムが帰ってくる。そんな母は気を取り直して半夏生の解説を始めた。
「昔の7月2日は夏至から11日目で、田植えを終える一つの目安の日だったらしいのよ、それで『田んぼに植えた稲の根が、タコの足のように四方八方に根付きますように〜』って願掛けからタコを食べるようになったんだってよ」
母にこんな博識な一面があったとは知らず、思わず僕は関心した。
「へぇ〜、お母さんって意外と物知りなんだね」
「意外と、は余計よ!とはいえ、私も昔おばあちゃんに聞いたんだけどね。なんでも関西を中心に広まっていた風習らしいから」
「でも、関東のその辺のスーパーまで浸透するなんてやるじゃん」
「まぁ、タコは美味しいからね〜タウリンもたっぷり入ってて今日のあんたみたいにクタクタに疲れた人には持って来いなのよ!」
「そいつぁいいや!なんかタコの話してたら、今すぐ食べたくなっちゃったよ〜」
僕は酢漬けになっているタコに手を伸ばしたが、目にも止まらぬ速さで母に打ち落とされてしまった。
「だーめ!お父さんが帰ってきてから!というかあんた手洗ってないでしょ!なんだか汗臭いに風呂入んな!」
「ちぇ〜!」
僕は泣く泣く風呂場に向かった。
半夏生のタコパーティー、楽しみだなぁ。