見出し画像

【試し読み】『THE CATALYST 一瞬で人の心が変わる伝え方の技術』PART3

ペンシルベニア大学ウォートン校の人気教授が語る人を動かす伝え方の極意とは? 最新科学に基づく“人の心を変える新しいメソッド”を解説するベストセラー『THE CATALYST 一瞬で人の心が変わる伝え方の技術』(ジョーナ・バーガー/著  桜田直美/訳)がついに日本上陸! 
2021年3月16日に発売する本書の試し読みを3回に分けてお届けします。

★試し読みPART1はこちら
★試し読みPART2はこちら

伝え方の技術カバー帯つき-03

第1章 心理的リアクタンス── 相手に自分で自分を説得させる方法

チャック・ウルフは不可能な仕事に直面していた。フロリダ州知事から、新しいプログ ラムの責任者に任命されたのだ。それ自体は特に珍しいことではない。
チャックは州知事の下でもう 年近く働いている。その間、オペレーションマネ ジャー、対外交渉主任、財務監督エグゼクティブ・ディレクターなどを歴任してきた。ハ リケーン・アンドリューで大きな被害を受けたマイアミ市の復興プログラムを作成し、同市の財政再建で大きな役割を果たしたこともある。
しかし今回まかされたのは、かつてないほど大きな挑戦だった。
チャックの仕事は、全世界で10億人を超える顧客を持ち、1兆個を超える商品を売っている巨大産業を相手に闘うチームをつくること。敵は商品の広告に年間ほぼ100億ドルを費やし、しかも業界トップの会社ともなると、コカ・コーラ、マイクロソフト、マクドナルドよりもさらに大きな利益を上げている。
しかも、1社ごとの比較ではない。3社まとめた利益よりも、さらに稼いでいるのだ。
ここでチャックに与えられた使命は、多くの組織がもう何十年も前から挑戦し、ことごとく失敗してきたことーーそれは、10代の子供たちに喫煙をやめさせることだ。
1990年代の終わり、喫煙はアメリカでもっとも深刻な公衆衛生の大問題だった。


タバコは予防できる病気や死亡のもっとも大きな原因であり、全世界で数千万人が喫煙が原因で死亡していた。アメリカだけでも、死亡件数の5件に1件はタバコが原因であり、その経済的な損失は年間で1500億ドルにもなる。
中でも特に深刻なのが未成年の喫煙だった。タバコ会社にとって、未成年のマーケットは成功に欠かせない存在だ。表面的には未成年の喫煙に反対する態度を見せていたが、このおいしい市場を手放すつもりはまったくないというのが本心だった。
「今日のティーンエイジャーは明日のお得意様だ。喫煙者の大部分は10代で喫煙を始めている」とは、フィリップモリス社のメモに書かれていた言葉だ。未成年にタバコを売らないというのは、商売をあきらめるに等しかった。
そこでタバコ各社は、さまざまな手段を駆使して若者にタバコの魅力を訴えた。
1960年にテレビアニメ『原始家族フリントストーン』が始まると、ウィンストン(タバコの銘柄)がスポンサーになり、アニメのキャラクターのフレッドとバーニーがタバコ休憩で一服しているコマーシャルが流された。

1970年代はじめにテレビとラジオでタバコの広告が禁止されると、今度は「ジョー・キャメル」といった親しみやすいマンガのキャラクターを生み出し、タバコの楽しさをアピールした。普通のタバコが若者に受けなくなると、フレイバーつきのタバコをカラフルなパッケージで売り出した。彼らの作戦はことごとくうまくいった。状況を考えれば、10代の喫煙率は下がっていてしかるべきだった。アメリカでは連邦法の決まりにより、 18歳にならなければタバコを買うことができない。つまり大半の子供は高校の最上級生になるまでタバコを手に入れられないということだ。いくつかの州では、年齢制限をさらに厳しくしていたところもある。

1990年代の終わりにさしかかるころ、事態はさらに深刻化していた。高校生の4分の3近くが喫煙の経験があったのだ。最上級生の4人に1人は毎日吸っていると報告されていた。10代の喫煙率は過去19年で最悪を記録し、しかもその数字はまだ上昇していた。
誰かがこの状況を止めなければならない。しかも今すぐに。
しかし、10代の子供に喫煙をやめさせるのは簡単な仕事ではない。さまざまな組織が何十年も前から挑戦し、ことごとく失敗していた。世界の国々であらゆる対策が実施された。タバコの広告を禁止する。タバコのパッケージに警告文を載せる。さらに何十億ドルも費やし、喫煙をやめるように未成年に訴える。
しかしすべての努力もむなしく、未成年の喫煙率は逆に上昇したのだ。
あらゆる挑戦が失敗に終わったというのに、はたしてチャック・ウルフに勝ち目はあるのだろうか?

伝え方を変えて障害を取り除く方法

心理的リアクタンスと説得レーダーに対抗するには、「変化を仲介する」というテクニックが有効だ。自分で説得しようとするのではなく、相手が自主的に説得されることを目指す。
フロリダ州知事から未成年の喫煙対策を命じられたチャック・ウルフは、まず対策チームを立ち上げた。従来のキャンペーン手法に効果がないことは、チーム全員がわかっていた。大人が何かを押しつけようとすれば、10代の子供は敏感に感じ取るだろう。チームはまた、正しい健康情報に効果がないこともわかっていた。子供たちだって、喫煙が健康にいいと思っているわけではない。健康に悪いことはわかっているが、それでも吸っていたのだ。
それでは、どうすればいいのだろうか?

話し合いではさまざまなアイデアが出たが、最終的にチームが採用したのは、拍子抜け するほどシンプルなアイデアだった。とはいえ、前代未聞であることだけは間違いない。
子供たちに指示を出すのをやめたのだ。
ずっと昔から、未成年の喫煙対策といえば「タバコを吸うな」と言うことだった。喫煙は体によくない。タバコが原因で死ぬことになる。タバコに近づいてはいけない。このメッセージを、何度も何度も何度もくり返してきた。
喫煙にかぎらず、公衆衛生に関するメッセージはたいてい似たようなやり方だ。
もちろん、バリエーションはいろいろあるだろう。健康面を強調したり(「タバコを吸うと死ぬ」)、美的感覚に訴えたり(「タバコを吸うと歯が黄色くなる」)、運動面の害を指摘したり(「タバコを吸うとスポーツの成績が下がる」)、あるいは友達関係から訴えるという方法もある(「タバコを吸ったら仲間はずれにされる」)。しかしどんなスタイルを選ぶにせよ、言っていることはみな同じだ。あからさまに命令しているか、丁寧にお願いしているか、暗にほのめかしているかの違いはあるが、要するに「タバコを吸うな」ということを伝えている。 

「あなたたちにとって何がいちばんいいかはわかっている。私の言うことを聞いていれば間違いない」というメッセージだ。そしてもちろん、このメッセージはうまくいかない。

そこでチャック・ウルフのチームは、「私たちは答えを知っている」という態度を捨て、 子供たちにも話し合いに参加してもらうことにした。そして1998年3月、中高生がタバコについて自由に話し合う「ティーン・タバコ・サミット」を結成する。
この集まりの目的は、チャックら大人が子供たちにタバコの害を教えることではない。主導権はあくまで子供たちにある。大人の役割は、ただ事実を伝えることだ。タバコ業界による巧妙なマーケティング戦略、タバコ会社と政治の癒着、喫煙を魅力的に見せるためにスポーツやテレビ、映画を利用していること。 
「これがタバコ業界のしていることだ。これに対して、きみたちはどうしたいと思うだろう?」ーーこれが、大人からのメッセージだ。

サミットからはたくさんの活動やアイデアが生まれた。たとえば、子供たちが独自にタバコの害を啓蒙する「タバコに反対する生徒の会」(Student Working Against Tabacco:通称SWAT)や、学校でタバコ業界について学ぶためのワークブックなどだ。ワーク ブックには、「タバコ1カートンの利益が2ドルだとすると、 カートン売るとタバコ会社の利益はいくらになるか?」といった問題が掲載されている。

それに加えて、メディアへの新しいアプローチも始まっていた。
メディアへのアプローチの1つが「真実」というCMシリーズだ。シリーズ第1作では、どこにでもいるような2人のティーンが、どこにでもあるような家のリビングに座り、雑誌の出版社の重役に電話をかけてこんな質問をする。
「10代の子供が読者なのに、なぜタバコの広告を載せているのですか?」
重役は「雑誌はタバコに反対する広告もサポートしている」と答える。
しかし、公共サービスとしてそのような広告を実際に掲載しているのかとティーンの1人に尋ねられると、重役はこう答える。「ビジネスだから儲けなければならないんだよ」
そこでもう1人のティーンが、「大切なのは人間ですか? それともお金ですか?」と 尋ねる。重役は不機嫌な声で「出版は商売だ」と言うと、すぐに電話を切った。

CMはそこで終わる。このCMシリーズは、子供たちに何も要求していない。映像の最後に「タバコを吸ってはいけません」というメッセージもなければ、何がかっこよくて、何がかっこ悪いかというメッセージもない。

ただ、タバコ業界が子供にタバコを売ろうとしていることや、メディアもお金のためにそれに乗っかっていることを伝えているだけだ。お説教も説得もしない。ただ真実を提示 して、後は子供たちの判断にまかせている。
そして、子供たちは判断した。

「真実」キャンペーンはすぐに広まり、フロリダ州ではわずか数カ月のうちに3万人のティーンがタバコをやめた。さらに2年後には、10代の喫煙率は半分になっていた。大規模な禁煙キャンペーンで、ここまでの効果が出たのは初めてだ。文字通り、史上最高だ。
このプログラムは、すぐに全世界のお手本になった。10代の喫煙の撲滅を目指して設立 された全国規模の基金も、このフロリダ・モデルを採用し、「真実」キャンペーンを全国で展開した。そして、基金のトップの1人に採用されたのがチャック・ウルフだった。
全国にキャンペーンが広がると、10代の喫煙率は75パーセント減少した。そもそもタバコに手を出す子供が減り、すでに吸っていた子供も吸うのをやめた。プログラム開始からわずか4年で、45万人以上のティーンを喫煙から遠ざけることに成功し、数百億ドルの医 療費削減につなげている。
そして2002年、「真実」キャンペーンの有効性が証明される出来事があった。タバコ会社がキャンペーン中止を求めて訴訟を起こしたのだ。

このキャンペーンが成功したのは、子供たちに「タバコを吸うな」と言わなかったからだ。ウルフのチームは子供たちの知性を信頼し、判断をまかせることにした。しかしそれよりも重要なのは、ウルフが人間心理を理解していたことだ。子供たちにまかせたほうが、最終的には正しい判断をする確率が高くなる。
ウルフは子供たちに自由に道を選ばせ、最終的に自分が望む地点に導くことに成功し た。ウルフのプログラムでは、子供たちはただの傍観者ではなく、主体的な参加者になる。子供たちは、自分が主導権を握っていると感じることができた。 「説得」への警戒心を和らげることで、行動を促したのだ。

変化を起こすカタリストは、心理的リアクタンスを取り除くために「変化を仲介する」いう選択をする。何かをしろと上から指示を出すのではなく、完全に放任するのでもな く、その間でバランスを取るのだ。あからさまにならないように気をつけながら、相手をこちらが望む方向に導いていく。 そのためのカギは4つだ。

1 メニューを提供する
2 命令ではなく質問をする
3 ギャップを明確にする
4 理解から始める

メニューを提供する

変化を仲介する1つの方法は、相手に進む道を選ばせることだ。目的地はあなたが望む 場所なのだが、そこまでの行き方は相手に決めてもらう。
子供がいる人なら、この方法を日常的に使っているだろう。小さな子供に特定の食材を食べさせようとする努力はたいてい失敗に終わる。ブロッコリーや鶏肉がそもそも好きでないのなら、むりやり食べさせようとしてもさらに抵抗されるだけだ。
そこで賢い親は、子供に選択肢を与えるという方法を選ぶ。

「どっちを先に食べたいかな? ブロッコリーにする? それともチキンにする?」

選択肢を与えられた子供は、この状況で主導権を握っているのは自分だと感じることができる。「ママもパパもむりやり食べさせようとしていない。食べたいものを自分で選べるんだ」 

しかしママとパパは、選択肢を決めることで、最終的な決断に影響を与えている。小さなリザは、めでたくママとパパが食べてほしいと思うものを食べた。ただ食べる順番を自 分で選んだだけだ。

子供を病院に連れていって注射をしてもらわなければならないときは、「右腕にしても らう? それとも左腕がいい?」と尋ねる。子供に寝る準備をさせたいときは、「先にお風呂に入ってから歯を磨く? それとも先に歯磨きをしてからお風呂にする?」と尋ねる。
この「誘導型の選択」と呼ばれるテクニックを使えば、子供にある程度の選択の自由を与えながら、親は望みの結果を手に入れることができる。
これは親だけでなく、採用面接を担当する上司も使えるテクニックだ。求職者は、条件の交渉をするのは当然だと思っている。だからどんなにいい条件を提示されても、必ずそれ以上の条件を望む。

そこで賢い上司なら、求職者に交換条件を提示する。休暇を1週間増やしたいのなら、年俸を5000ドル安くする。年俸を1万ドル増やすなら、持ち株をその分だけ減らす。これで求職者は、自分にとって重要なものを自分で選ぶことができる。その結果、条件を決める過程に積極的に参加した気分になれるのだ。おそらく「交渉したい」という欲求も満たされることになるだろう。


ここで大切なのは、求職者がどちらを選んでも、上司にとっては望み通りの結果になるということだ。上司も求職者も交渉に満足できる。
これが「メニューを提供する」というテクニックだ。何でも自由に選ばせるのではなく、こちらが決めた選択肢の中から自由に選んでもらう。
イタリア料理店でディナーのコースを注文するとしよう。たいていの店では、パスタはスパゲティ・ミートボールにするか、それともラムラグーにするかというように、いくつかの選択肢を用意している。ボロネーゼか、それともマカデミアナッツのバジルペースト かという選択肢もあるだろう。
ここでお客は、何でも好きなものを注文できるわけではない。イタリア料理店で寿司やエッグロール、ラムスブラキを食べることはできない。

しかしメニューに載っている料理であれば、食べたいものを自由に選ぶことができる。たしかに自由意志による選択だが、制限つき、あるいは誘導された選択だ。レストランがメニューを決め、お客はその制約の中で食べたいものを選ぶ。
これは、広告代理店がクライアント相手のプレゼンでもよく使う手法だ。
もしアイデアを1つしか出さなかったら、クライアントは許された時間のすべてを使ってそのアイデアのあら探しをするだろう。どんな小さな穴も見逃さず、うまくいかない理由を何通りも考える。
そこでもののわかった代理店は、プレゼンで複数のアイデアを提示する。10や15では多すぎるので、2つか3つぐらいがちょうどいい。そして、クライアントにいちばん好きなアイデアを選ばせる。相手がどのアイデアを選ぶにせよ、これで契約が成立する確率が上昇するのだ。

人に何かをさせようとすると、相手は必死になって抵抗する。それが悪いアイデアである理由を並べ立て、他のことをしたほうがずっといいと力説する。とにかく、相手の提案にそのまま従いたくない。
しかし、ここで複数の選択肢を提示すると、状況は一変する

=====================================
試し読みはここまでです。
続きが気になった方は、ぜひ書店でお手に取ってみてください。各ネット書店にて好評販売中です。

伝え方の技術カバー帯つき-03

【著者プロフィール】



ジョーナ・バーガー
ペンシルベニア大学ウォートン校マーケティング教授。国際的ベストセラー『インビジブル・インフルエンス 決断させる力』(東洋館出版社)の著者。行動変化、社会的影響、口コミ、製品やアイデア、態度が流行する理由を専門に研究する。一流学術誌に50本以上の論文を発表。『ニューヨーク・タイムズ』紙、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙、『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌などに寄稿した記事も人気を博している。
Apple、Google、NIKE、ビル&メリンダ・ゲイツ財団などをクライアントに持つコンサルタントでもある。これまで数百の組織とともに働き、新製品の浸透、世論の形成、組織文化の変革などを実現してきた。『ファスト・カンパニー』誌の「ビジネス界でもっともクリエイティブな人々」に選出され、その仕事は『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』誌の「年間アイデア賞」で複数回取り上げられた。





いいなと思ったら応援しよう!