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「今日はポカポカとあったかくて、ボケ日和だねぇ」。いつか家族がボケても、そう言って笑い合える未来のために

「あんな大事なこと、なんでだぁれも教えてくれんのですか?」

突然、背後から声をかけられて、私は振り返りました。
見ると、60代くらいの小柄な女性が立っています。
その口元には「とりあえず」といった感じの笑みが浮かんでいますが、こわばった首のあたりに、なんだか怒りが滲んでいるような気がします。
マズイ、何か怒られるようなことを言ったかな……。
文句を言われるんじゃないかと思って、私は内心、ドキドキしていました。

2017年の春。
その日、認知症の専門医である私は、岐阜県土岐市の市民ホールで、認知症についての講演を行っていました。
お題は「どうして教えてくれないの! 認知症は知っていることが大切です」。
ごく基本的な認知症の知識に加えて、日頃からこまめにメモした認知症ネタにブラックユーモアをちりばめ、来てくださったみなさんに惜しみなく披露します。そのため、1000人ものお客さんであふれた会場では、ドカンドカンと笑いが湧き起こります。
毎回ほとんどお笑いと化す私の講演会は、地元のアラ還(アラウンド還暦。だいたい60歳)以上の方にちょっとした人気があります。
女性に声をかけられたのは、その帰り道。
「講演を聞いてくれた方ですか? あんな大事なことって、何がです?」
私は恐る恐る聞きました。
「何って、モノ盗られ妄想のことですよ!」
と女性は言います。
モノ盗られ妄想とは、認知症で出てくる症状のひとつで、患者さんが「財布を盗られた」「年金を盗まれた」などと思い込む妄想のこと。
この女性は長年、認知症のお義母さんを介護していたそうで、モノ盗られ妄想が出てきたお義母さんに「アンタ、私のお金、盗ったやらぁ」「この泥棒が!」と何度も激しくなじられたのだそうです。
実は、このモノ盗られ妄想、患者さんのお世話を一番している方、つまり患者さんがもっとも頼りにしている方に対して出てくるという、非常にハタ迷惑な特徴があります。
私が講演でしたモノ盗られ妄想の話というのも、そんな内容だったのですが……。
「いやもう、それ聞いて、なんやか胸をドン!と叩かれたような気がして。息がとまるかと思いましたわ」
とその女性。
「だって私、ずっとお義母さんに憎まれとると思っとったんですよ」
なぜって、認知症患者さんが怒るときの剣幕というのは、ものすごいですからね。
介護者さんがそう感じてしまうのも、無理はないかもしれません。
「なんで一番お世話してる私が憎まれるんかと思ったら、心がスッと冷えてしまってね。
もう二度とお義母さんの前では心を開かん。そう思って、ホントに亡くなるまで、ずっと心を閉じとったんですよ。お世話自体はしとったけど……」
その女性は続けます。
「知っとれば……もうちょっとお義母さんに優しくできたかもしれんね。そう思ったらもう、切なくて切なくて。ねぇ先生、なんでそんな大事なこと、だぁれも教えてくれんのです?」

なんでって言われても……。
そう言われれば、なんでだろう?
以来、その女性の言葉が頭から離れなくなりました。

ロングセラーとして読者を増やし続けている『ボケ日和』

2021年4月の発売以来、反響に反響を重ね、今も発行部数を伸ばし続けているロングセラー『ボケ日和―わが家に認知症がやって来た!どうする?どうなる?』。著者は認知症専門医の長谷川 嘉哉さん。優しく愛らしいイラストは『大家さんと僕』などを手がけた矢部 太郎さんによるものです。
長谷川先生が実際に診られた患者さんのエピソード交えながら、エッセイ形式でつづられる本書は、認知症介護を経験された方々から「介護をする前に読んでおきたかった」「もっとこうしてあげれば良かったと自然と涙があふれた」など、「ボケ日和を読んでよかった」などの感想がたくさん届いています。
年末年始は家族と過ごす時間が長く、自分や家族の老後を考える機会が多くなるのではないでしょうか。本記事では、みなさんの認知症への不安に少しでも寄り添えるよう、明るく笑顔で介護に向き合う方法を教えてくれる1冊『ボケ日和』の冒頭部分を抜粋・紹介いたします。

認知症専門医にとっては当たり前でも

今さらですが自己紹介をさせていただくと、私は認知症の専門医です。
クリニックがあるのは岐阜県土岐市。この場所で、認知症患者さんの初期の診断から、在宅での看取りまでを行って、21年ほどになります。
ちなみに土岐市は、NHKの大河ドラマ『麒麟がくる』の主人公、明智光秀にゆかりが深い土地として名高いところ。美濃焼の産地としても知られていますから、ご存じの方も多いんじゃないでしょうか。
この土岐市内を中心に、クリニックの他にも、高齢者介護施設やリハビリ施設を運営しています。さらに市内にあるグループホームなど16 の高齢者施設の協力医もしています。
とにかく朝から晩まで、認知症患者さん漬けの毎日です。
そんな私にとって、認知症の話というのは当たり前すぎて、講演の依頼でもない限り、わざわざすることでもなかったのです。

「いや、当たり前じゃないですよ。知りませんでしたよ、そんなこと」
私がその女性の話をすると、知り合いの編集者さんが言いました。
編集者さんのご両親は、共に80代。
今のところ認知症の症状はなく、毎日、元気でお過ごしだそうです。
「だけどこの先、もし親が認知症になったらと思うと……。夜も眠れないくらい、不安になることがあって」
編集者さんが続けます。
「だって、今のところ認知症を治す薬はないんですよね? ということは、どんどんボケておかしくなっていく親に振り回されっぱなしになるわけでしょう? しかも、そんな介護生活がいつまで続くかわからない。私には親を施設に預けるだけのお金もないから、今の仕事も辞めてつきっきりで面倒みなきゃいけないでしょうし……」
矢継ぎ早にそんなことを言われて、私のほうが驚きました。
え、なんでこの人、豊富な知識がウリなはずの編集者なのに、こんなに認知症のことを知らないんだろう?

今のところ認知症を治す薬はない? 確かに、おっしゃる通りです。 
でも、介護者さんがもっとも困る、患者さんの「怒りっぽさ」を抑えられる薬はちゃんとあります(認知症介護で困るのは、もの忘れではなく、実は患者さんの怒りっぽさです)。
介護生活がいつ終わるかわからない? これも、確かにその通りです。
認知症の介護期間は平均で6~7年。長いケースだと10年以上になることもあります。
ただし、暴言、暴力、妄想、徘徊など、介護するのが非常に困難な症状は、長くても1~2年しか続きません。
認知症介護にはお金がかかる? これも、まぁ、その通りです。
しかし、今は国の介護保険制度がありますから、デイサービスやショートステイなど介護サービスの利用料のすべてを自己負担する必要はありません。それに、介護サービスの利用料が一定の上限を超えた場合は、払い戻しが受けられる制度(高額介護サービス)もあります。
こうした制度をうまく活用して、仕事を辞めずにうまくお世話をこなしている介護者さんが、今はとてもたくさんいるのです。

だとしたら、認知症介護の何がそんなに怖いんですか?
私がそう聞くと、編集者さんはやっぱり言うのです。
「だから先生……なんでそんな大事なことを、早く教えてくれないんですか!」
最近、同じように怒られることが増えたので、これから認知症のあれこれについてお伝えしようと思います。
なぜならみなさん、驚くほど認知症のことを知らないからです。

「先生、ホントに言われました! 『アンタ、お金盗ったやらぁ』って」

例えば、みなさんは認知症といえばまず「もの忘れ」で困ると思うのでしょうが、実は、うちのクリニックに来る方で、「もの忘れを治してください」という患者さんやご家族はあまりいません。もの忘れではさほど困らないからです。
では、患者さんやご家族がどうしたいのかというと、まず、認知症になったらどうなるかを知りたい、どうすればいいのかを知りたいのです。
超高齢化が進む日本では、「自分がボケるかもしれない」という恐怖や、「親がボケたらどうしよう」という恐怖から、誰も逃れられません。
厚生労働省の予想では、2025年には、65歳以上の5人に1人が認知症になるといわれています。また、東京都健康長寿医療センター研究所の調査では、今の90代の6割が、100歳以上の6~7割が認知症であることもわかっています。
だからこそ、みなさんに知っていただきたいのは、認知症がどんなふうに進行するか。
そして、認知症患者さんの最期はどうなるのか、ということです。
意外なことに、たった今、認知症患者さんの介護をしている方でも、認知症がどんなふうに進行するか、あまりご存じないことがあります。そうした方は、「臭いものには蓋」の心境で、知りたくないことから目をそむけてしまうんでしょう。
でも、認知症がどんな病気かを知っていれば、モノ盗られ妄想で心を傷つけられた女性のように、少なくとも介護者さんが必要以上に患者さんを恨むことはないはずです。
あれ以来、私は、ご家族の中で一番介護を頑張りそうな方を見ると、「あなた、この先、必ず患者さんに、『私のお金、盗ったでしょう!』って言われますよ」と前もってお伝しています。すると、どうなるか?
後日、その介護者さんが付き添いでクリニックにいらしたときに、「先生、ホントに言われました! 『アンタ、お金盗ったやらぁ』って」とちょっと笑いながら報告してくれるのです。
芸人さんのお笑いライブで「来るぞ、来るぞ」とお約束のネタを待っていたら、とうとう来た! どっかーん! ……という感じに近いのではないでしょうか。

同じように、服が上手に着られなくなる「着衣失行」や、どこかに帰りたがる「帰宅願望」など、それなりに深刻な認知症の症状が出てきても、事前に「来る!」とわかっていれば、不思議と少し笑えます。
そう、笑えると、介護ってけっこうなんとかなるんです。

認知症がどう進行するかを知っていると、患者さんにギョッとするような症状が出てきても、介護者さんは余裕をもって対処ができます。ときどき、笑えます。すさみがちになる心を守れます。
まずは、患者さんよりも、介護者さんの心身を守ること。
ご家族に認知症の方が出てきたとき、これが一番大切なことだと私は思っています。
講演会でそう言うと、「患者さんより、家族が優先なんですか? 先生はあまり、患者さんのことを考えていませんね」と、また怒られてしまうんですが……。
実際、そうかもしれません。
認知症患者さんよりも、介護家族に重きをおいてしまいます。

なぜなら、私も元・介護家族だからです。

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認知症になった祖父が白衣を着せてくれた

私の父方の祖父は認知症でした。
元・銀行員の祖父は、ソロバンの有段者でもあり、銀行でもかなり出世した人物です。
当時、入行してきた新人は、全員、祖父のソロバンの講義を受けたんだとか。それくらい、人に頼られる、シャッキリした人物だったわけです。
ところが定年後、連れ合いである祖母をくも膜下出血で突然亡くしてから、祖父は少しずつおかしくなっていきました。
ごはんをものすごくたくさん食べたかと思えば、少し経つと食べたことさえ忘れてしまう。祖父が入ったお風呂には、トイレットペーパーが浮かんでいる。おしりにトイレットペーパーをくっつけたまま湯船に入ってしまうんですね。残り湯に便が浮かんでいることもありました。
当時のわが家の家族構成は、68歳の祖父、40歳の父、38歳の母、14歳の姉、そして10歳の私。
仕事が忙しい父に代わって、一人で祖父を看ていたのは母でした。
当時はデイサービスやショートステイなど患者さんを一時的に預かってもらえるサービスもありませんでしたから、母のストレスは相当なものだったろうと思います。そのせいか、よく父と夫婦喧嘩していたことを覚えています。
次第に家の中はギクシャクしてくるし、祖父がいるために我が家は旅行もできなくなりましたから、私の腹の中に少しずつ、祖父を疎ましく思う気持ちが芽生えていったのも事実です。
気づけば、家の中から笑い声は消えていました。
「誰もかまってくれない……」
そんなとき、祖父がポツリとこぼしたひと言は忘れられません。
父は働き盛り、子どもたちは育ち盛り。そんな家族と祖父の面倒を見ていた母は輪をかけて忙しく、祖父をしょっちゅうかまうことはできませんでした。同じ家で暮らしていても、一人取り残されたようになっていた祖父は、おそらくとてもさびしかったはずです。
認知症を発症してから6年ほどして、祖父は亡くなりました。何が原因ということもなく、命のろうそくが消えていくような亡くなり方だったと思います。
祖父を失くした私の心には、強い後悔の念が芽生えました。
「もっとじいちゃんに、してあげられることがあったんじゃないか? かまってあげることができたんじゃないか?」
その後悔がずっと胸にあり、私は認知症の専門医になりました。
ボケたじいちゃんが、私に白衣を着せてくれたのだと思っています。

患者さんが笑顔でいるために、介護者も幸せになる必要がある

認知症患者の家族だった私が、何より強く感じていること。
それは、介護者の心と生活に余裕がなければ、患者さんを笑顔にすることはできないということです。
近頃は人権意識への配慮から、介護の世界でも「患者さんファースト」が当たり前の流れになっていますが、私はそうした風潮が嫌いです。
だって、守る側の人間に余裕がなければ、結局は守られる側の患者さんだって幸せになれんでしょう。

まずは、介護者が心身を守る余裕を持てるようにすること。
患者さんのことを考えるのは、その次です。
その順番をはき違えてはいかん、と思うのです。

認知症の介護家族だって、毎日笑っていいんです。
休んでいいし、仕事に行っていいし、遊びに行っていいんです。
というより、患者さんのためにも、そうしなければいけません。
そこを上手にこなしてもらうために、この本を書きました。
認知症介護にしんどさはつきものです。それでも、はじめに知っていればしなくて済む苦労というのが、認知症介護には実はたくさんあります。そうした知識を事前に得ておくということは、ボケてしまったあなたの大切な家族を、介護疲れの果てに憎まずに済むということです。最期のときに、笑顔で見送れるということです。
いざというときの力の抜き方を知っていれば、いつの日か家族がボケても「今日はポカポカとあったかくて、ボケ日和だねぇ」なんて、親子でのんびり言い合える日がくるかもしれません。
ちょっとした知識を持っていれば、それはきっと、難しいことではないのです。

『ボケ日和』はこんな構成

本書では、認知症の進行段階を「春」「夏」「秋」「冬」の4つの章に区切って、各段階で患者さんにどんな症状が表れるかを記しました。
各章には、私がこれまで医療現場で出会った、たくさんの患者さんとご家族に仮名でご登場いただいていますが、あなたはすぐに気づくはずです。
これは、あなたと、認知症になったあなたの大切なご家族の物語でもある、ということに。
今から、あなたたちご家族の物語を始めようと思います。
心の準備はいいですか?


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