「人の数だけ純粋がある」 純粋無垢太郎(じゅんすい・むくたろう) --歓喜人007--
いつからだろう。私たちが「純粋」な心を思い出せなくなったのは。
12月24日になるとワクワクしていたこと。
時間を忘れて鬼ごっこに夢中になったこと。
負けたのが悔しくて思いっきり泣いたこと。
どこへ行くにも全力疾走していたこと。
将来の夢を堂々と語れたこと。
いつか空を飛べると思っていたこと。
夜中に口笛を吹くと蛇が来ると思っていたこと。
しゃっくりが100回止まらないと死んでしまうと信じていたこと。
今、その瞬間を全力で生きていたこと。
私たちの多くが大人になるにつれ、子供の頃の純粋さを失っていく。だからこそ、大人になっても心が清らかで汚れのない純粋な人を魅力的に思うのかもしれない。
もしあなたが今、純粋さを失っていると感じているのなら是非この人に会ってみてほしい。純粋無垢太郎(じゅんすい・むくたろう)に。
生まれてから一度も嘘をついたことがない男、純粋無垢太郎(じゅんすい・むくたろう)。歓喜町の住人の中で「純粋さ」で右に出るものはいないと言われている。年齢を重ねても純粋さを少しも失わないという、その秘密を探るために、彼が働く職場「純粋グローブ」を訪ねた。
「純粋グローブ」は、歓喜町のみんなの手を守る軍手を製造する会社だ。自社編立工場での軍手の生産から、併設された自社印刷工場でのシルク印刷までを一貫して行う軍手のエキスパート。豊富なカラーや素材、デザイン性の高さから町中から依頼が絶えず、年間300万組もの軍手を製造・販売している。
中でも環境への配慮から近年特に販売が伸びているのが、残糸から作られた「のびのびエコMIXカラー軍手」。飛行機や新幹線、高級乗用車の椅子張りシートを織る過程で出てしまった残糸を活用したエコな軍手だ。さまざまな色の残糸を混合したカラフルなデザインに加え、伸縮性も高く男女兼用で使えること。そして何よりも大量に破棄されてしまう残糸を再利用できるのが人気の理由。
純粋無垢太郎はこの「のびのびエコMIXカラー軍手」の製造を担当している。訪ねたのは、彼がちょうど原料の残糸を選んでいるところだった。
「こんにちは、純粋グローブへようこそ。」
ピュアな瞳と、爽やかな声で迎えてくれた彼の周りには多くの残糸が綺麗に整理されて並んでいる。
ーー残糸って思ったより綺麗なものなんだね。新品のような。
「そうですよ。使用していないものなので新品と同様とても綺麗です。でもこの部屋は色ごとに整理した糸の一部だけが置いてあって、まだ分類していない残糸は山のようにあります。見てみますか?」
と、大きな倉庫へ案内してくれた。入ってみると、目の前には山積みのダンボールが奥まで続いていた。
「ものすごいダンボールの数ですよね。この中に全部残糸が入っています。」
全部使い切るには一体どのくらいかかるのだろう?想像以上のダンボールの山に圧倒された。
「紡績メーカーで出た残糸を回収する業者さんが、トラックでここまで運んできてくれます。僕もこの量の多さに毎回ビックリするんです。」
ーーでも流石に何度も残糸が運ばれてくると、びっくりというより、あ〜またか、という気持ちになるんじゃない?
「いえ全然。毎回箱を開けると、わー残糸だ!って唖然とするんです。ただ、年々「のびのびエコMIXカラー軍手」は人気で、生産量が増えています。計算ではこの残糸の山も一年でなくなるんですよ。」
ここに集まった大量の残糸の中から、使いやすいように似た色ごとに分けて先の部屋で整理しているようだ。続いて軍手の編立て工程の部屋へ案内してくれた。
「ここでは残糸を似た色で選んで、軍手に編み上げています。残糸なので糸の太さもさまざまです。太い糸の場合は1本編み、細い糸の組み合わせなら複数本の残糸を使って編み上げます。」
100台もの編み立て機が隙間なく並び、カシャカシャと忙しく音を立てている。すべて軍手の機械だ。
ーー工場に届く残糸の色は様々だったけど、出来上がった軍手はとても綺麗な色合いだね。色の組み合わせやバランスは、どうやって決めているの?
「色については、壁に貼ってあるあの配色辞典を参考に、混色がとても上手な女性スタッフが担当しています。」
ーー見事なバランスだよね。純粋君も配色したりするの?
「うーん、僕は苦手でできないんです。。残糸軍手は様々な色をバランスよく混ぜる必要があるんですが、色を混ぜるのを考えるのが苦手です。そもそも何色にも染まっていない白が好きなので。」
「次は、印刷工程です。編み上がった軍手を一枚づつシルク印刷していきます。この機械1台で、印刷〜乾燥までを一貫して行います。「のびのびエコMIXカラー軍手」は軍手自体がカラフルなので印刷色が白しか使いません。この白印刷が、軍手の一番の魅力だと思います。見てください、この混じり気のない白を。あ、今ちょうど清潔製作所の軍手の印刷中でした。僕もちょっと入るので待っててください。」
清潔製作所は、歓喜町でゴミ拾いトングを製造販売するメーカーだ。毎月新月に行わていれる「マインドフル新月ゴミ拾い」では、多くの住人が清潔製作所のゴミ拾いトングを使って清掃活動をしている。
ーー純粋君は何の作業をしているの?
「僕は編み立ての時に軍手の端からはみ出た糸を切っています。細かいですが、お客様が手にはめたときに糸がひょろっと出ているのでは、純粋に軍手とは言えないですよね。それだと”軍手+ひょろ”じゃないですか。」
一つ一つ、軍手からはみ出たひょろを丁寧にカットしていく。
「よし、これで全部OKです。印刷・乾燥を終えたら、最後に不良品がないかチェックして、問題なければお客様に納品です。」
ーーところで純粋君は長くこの仕事に携わっているらしいけど、純粋グローブで働くために必要なことってなんだろう?
「お客様の手を守りたい。という思いですね。」
ーー技術的に必要なスキルはあるのかな?
「いえ、お客様の手を守りたい、という気持ちだけです。」
ーーすごくシンプルだね。ちなみに休日は何をしているの?
「推し活ですね。実は好きなアイドルがいて、歓喜娘っていう5人組なんですけど知ってますか?今彼女たちに夢中です。最近出たばかりのアルバムをずっと聴いています。」
ーーもちろん知っているよ。最近人気だよね。純粋君は誰が推しなの?
「僕は全員です。」
ーー箱推しなんだね。
「そうなりますね。だって全員が好きじゃなければ歓喜娘が好きだとは言えないですよね。100%、歓喜娘が好きなことにはならない。」
ーーじゃあファンミーティングとかにもいくの?
「行きますよ。結構みんな気さくだし、何より優しい。」
ーーへえ、歓喜娘ってサービス精神豊富だね。ところでどんな話をするの?
「その時々によって変わりますけど。とにかく僕はみんなが健康で長く活動を続けてほしいから、気をつけてほしいことを伝えています。」
ーー気をつけてほしいこと?
「はい、たとえばみかちゅうはピーナッツが好物なんですが、食べすぎると鼻血が出るから気をつけてね!とか。あちゃこちゃんは大のスイカ好きなので、種を飲み込まないように!と。スイカの種を飲んでしまうと口から芽が出てくるから。もうアイドル活動ができなくなる。あと全員アイドルなので鏡をみる機会が多いと思うんです。だからくれぐれも合わせ鏡の13番目は決して見ないように気をつけて!と毎回伝えています。目が合うと死んでしまいますから。」
ちょっと待って、それって全部迷信でしょ?と言い返そうとしたところで、ハッとした。そういえば自分も子供の頃、寝る前に天井の四隅を見ると死んでしまうという迷信を信じて怖がっていたことを思い出した。と同時に、自分の中の奥底に潜んでいた「純粋」の欠片が反応したような気がした。
ーーその純粋な気持ち、メンバーたちはしっかり受け取っていると思うよ。
「純粋?ですかね。そうだといいな。純粋と言えば、さっき軍手の混色が苦手だって話をしたじゃないですか。混じり気のない白が好きだという。でも最近なんだか自分が変わってきた気がするんです。混色することは決して色を濁らせるのではなくて、新しい色を生み出すってことなんじゃないか。純粋な色同士を掛け算することで、さらに純度の高いキラキラした何かを生み出しているんじゃないかって。だって残糸の一つ一つは、もともと純粋な単色だったんですから。
例えるなら、歓喜娘というのは一つのアイドルグループですが、メンバーそれぞれが個性豊かで全く違う性格です。でも誰一人欠けても歓喜娘として成立しない。そんな感じです。」
最後に「つまり、人の数だけ純粋があるってことなのかな。」と呟くと、ぺこりと頭を下げ、足早に工場へ戻って行った。
あなたにはないだろうか?子供の何気ない一言にハッとさせられた経験が。私たちは大人になるとあらゆる役割を背負い、子供の時と同じようには振る舞えなくなってしまうものだ。そしていつの間にか「純粋」をも失ってしまう。でも、純粋無垢太郎のピュアな眼差し、一言一言に、大人になっても忘れたくない「幸せの秘訣」が詰まっていると思いませんか?
撮影協力:グローブファクトリー(新潟県燕市分水)
撮影協力:歓喜娘のみなさん
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