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選ばなかった人生

昨年「ララランド Live inコンサート」に行ってきた。大好きな映画をオーケストラで聞ける最高の時間。高速道路での圧巻ダンスシーンもプラネタリウムの甘いシーンも生音で味わえるのは格別です。改めて好きな映画だと再確認できました。

(ここからネタバレあり)

「ララランド」がハリウッドで評価された時に作家の酒井が面白いことを言っていた。
彼の言い分は…
①アカデミー賞の審査員になるような人は人生の成功者だ(異論あると思いますが)
②彼らはきっと人生の中で何度か選択タイミングがあって…つまり仕事か恋愛か?…そこで仕事を選んだのではないか(あくまでも彼の想像…)
③当然選ばなかった人生(=恋愛対象)に心残りや後悔があり、この映画はその感情を的確に脚本に落とし込んだ。
④彼らはそれを甘く思い出補正しているはずだ。「ララランド」はその琴線にうまく刺さったのでは?彼曰く【審査員ウケする作品】なのだと。100%納得してないが言わんとする事は分かる。もちろん仕事と恋愛を両立させた人も多くいるだろうけどそこは目をつぶってください笑。

人生において
「もしあの時、別の道に進んでいたら…」
は多くある。試験や就活など自分の力ではどうしようもない事もあって、その場合は諦めがつく。己ではどうしようもないからだ。ところが恋愛となるとややこしい。フったのか?フラれたのか?別れ方は様々でどのパターンでも何らかの心残りがある。

映画の中でセバスチャンはミアのためにオーディションを受けられるよう奔走する。それが女優への成功につながるが、彼はパリには行かず別れてしまう。やがてジャズバーのオーナーという夢を実現、成功者になったのだ。ある考察ではあのまま2人が付き合っていたら、ミアは成功していたが、セバスチャンはオーナーにはなっていないらしい。ラストの幻想シーンにそれが描かれている。

この映画、妻も大好きなのでコンサートも一緒に行きました。終わってお互い感動しているのだが、その理由を解き明かしたり突き詰めてはいない。それは野暮…個別に余韻に浸ってました。で、帰宅して大学生の娘と話をしたのだが彼女はひと言、
「あの映画の何が良いのか分からない」
そうか、そりゃそうか…。
人生の岐路に立つ前の人にはなかなか伝わらない。想像力がないとか思い入れの問題とかではなく体験の差なのだ。仕方ない。アカデミー賞の審査員はきっとその岐路が壮絶だったはず…。その分この映画をよりディープに楽しめる。

大学生の娘にはここからたくさんの選択があり岐路に立つ。何かを選ぶ。その裏で必ず選ばなかった人生がある。いつかそこに思いを馳せる日がくるだろう。その時この映画の面白さが分かるのかもしれません。


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