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コントラバスケースのなかには、死体が眠っている。


コントラバスケースの中に、死体が眠っている

そんな空想を、弦楽器奏者ならば一度は抱いたことがあるのではないだろうか


東京藝術大学は、その構内に『奏楽堂』と呼ばれるコンサートホールを擁している。

パイプオルガンを持つそのホールでは、芸大関係者や教授陣、プロの音楽家を呼んでのコンサートのみならず、芸大生および附属高校に通う生徒たちによる定期公演や、実技試験までもが一般公開で行われる。

この立派なコンサートホールが身近にあるおかげで、在学する生徒たちには、重いプレッシャーを背負わなければならない機会が幾度も訪れる。

けれど、それは同時に、10代の頃からその大きな舞台で、多くの観客の方々の前に演奏を披露するという、得がたい経験を積むことができるということ。

かくいう私も在学中の7年間、大変お世話になった想い出深いホールである。

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『奏楽堂』という名前が示すような、新しくもどこか神聖な気配のする舞台上の、あの凛とした空気は、ドイツで生活しているときにこそ思い起こされることが多い。

教会内部に足を踏み入れる瞬間、外に響く鐘の音、鳥たちのさえずり。

そのたびに私は一瞬にして、チェロを持って舞台袖に立つ私に引き戻されるのだ。


その『奏楽堂』の舞台裏には、コントラバスケースが数個立ち置かれている。

白を貴重とした内部のデザインの中で、黒くて大きく、鈍重そうなそのケースが横に並んでいる様子はなかなかに浮いていて、私はそれを見るといつも、吸血鬼の眠る棺桶を思い浮かべた。

そのイメージからだろうか。ふとしたとき、こんなことを思った。

あの中ならば、死体を隠すことも容易だな、と。

普通の体型の人間ならば、それこそ棺(ひつぎ)に入れられるように、何の窮屈さもなくおさめることができるだろう。

誰にも気づかれることなくひっそりと、楽器の変わりに人が眠っている。
この中のどれか一つくらい、そんなことがあっても不思議ではない。

その考えはそこまで突拍子のない発想ではないだろう。
布で出来たソフトケースではなく、ハードケースの存在を知り、それを目にした事のある人間ならば、そのことを思いつく可能性は十分にあると私は思っている。


なぜならもうすでに、それを使って実際に死体を隠した人間が存在しているからだ――

――それは、とあるミステリー小説の中で。



エッセイ全文はこちら →

(2017. 8. 9. 著)


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『あとがき』

一層の冷え込みを増していた、冬のとある日。
スタバで甘いコーヒーに身体をあたためていると、突然、私の携帯にメールが届いた。

それは、Googleからのお知らせ。

「あなたの書いた記事が、検索の上位に急上昇しています」

いったい何が起こったのだろうと調べてみると……
なるほど、世間を騒がせているカルロス・ゴーン氏の日本出国にコントラバスの輸送ケースが使われたと、レバノンの報道機関が報じていたとのこと。

図らずも、2年前に執筆した記事が、今注目のトピックとなっていたのでした。


ふと思い出した昔の、まさに「よしなし事」
それをミステリーに用いていた小説があると知り、つらつらと書き記してみたエッセイだったのですが、まさか現実に実行する方がいるとは思いもよりませんでした。

もちろん真偽は定かではないのだと思いますが、
X線検査などはどう切り抜けられたのか、人がケースの中に数時間入り続けることは本当に可能なのか……など、これが本当だったならば、ますます謎は深まるばかりです。

横溝正史先生がご存命だったならば、ぜひインタビューを行ってほしかった。いったいどんなお言葉が返ってきただろう。

そんなことを思いながら、改めて自身の拙文を読み返しました。



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上原ありす
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