私が感動屋さんになったよ

活字は苦手だった。
例えば、雑誌や漫画とか、テレビは好きだった。
目にダイレクトに情報を入れたほうが手っ取り早いと思っていたから。
想像するのが不得意だったわけではないが、活字は煩わしいと思っていた。
トリビアの泉も、ブラタモリも書籍化されていたけれど、なんでわざわざ活字に変える必要があるんだろう?と思っていた。

私が活字に触れるようになったのは、つい1年前のこと。
気分が晴れない日が続き、母に相談したことがあった。
「エッセイを読んだらどう?ジェーン・スーとかおすすめだよ。」と返事があった。
げげ、エッセイ。
活字じゃないか。
しかも物語ならまだしも、エッセイってただの日記でしょ?
人様の書いた日記に感銘を受けるって、感動屋さん過ぎる。

そうは思いつつも、やはり母は偉大。
彼女の胎内で育ち、産まれ、おかげさまで27年間生きている。
母からの助言という点だけを頼りに、とりあえず本屋へ向かってみる。

タカシマヤゲートモールタワー8階、三省堂書店名古屋本店。
広々とした店内に、一生では読み切れないであろう数の本が並んでいる。
そして、みな各々どの本を本棚に連れて帰ろうか、じっくりと吟味していた。

いつも立ち寄る雑誌のコーナーの向かいに、活字のコーナーが展開されている。
この本屋には何度も足を運んでいたが、そのコーナーにだけ結構強めに結界が張られていたから、入れた試しがない。
今日も、もし結界が強かったら帰ろう。

平置きにされている、たくさんの林真理子がコチラへ微笑みかけてくる。
あ、この人今話題の日体大の理事長じゃん。
そうそう、アメフト部の部員が大麻やってたんだっけ?
スッキリでやってた気がする。
あれ違うわ、今もうDayDay.ってのに変わったっけ。
それであの時間テレビ見なくなっちゃったな。

ふと気付いた時、私は彼女著作の「成熟スイッチ」という本を手に取っていた。
「昨日とは少し違う自分」へ、という帯の文字にも惹かれた。
今思えば、私は人生に変化が欲しかったのかもしれない。
結果として林真理子が活字コーナーの結界を破ってくれていた。

ひとまずその本は戻し、母推薦のジェーン・スーの本を探すことに。
著書順に並んでいる棚を舐めるように見回す。
漢字名の作家が多い棚の中で、カタカナ表記作家の彼女の本はあっさり見つかった。
(後から調べたところ、「ジェーン・スー」とは芸名で、彼女は生粋の日本人だった。)
「おつかれ、今日の私。」「女らしさは誰のため?」「私がオバさんになったよ」など、女性向けの本を何冊か書いているようだ。

この時点でピンときていた。
当時自律神経の乱れに疲弊していた私には、著作が命の母ホワイトに見えた。
何冊かあるうち、花柄の表紙が可愛く思えて「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」という本を連れ帰ることに決めた。
この作者の本なら、どれも自分を救ってくれるのではないかと決め切れず、花柄の命の母ホワイトにしてみた。

このままレジに向かっても良かったのだが、結界が破られた今がチャンスだと思い、他の本も探ることにした。
今話題の本が集められたコーナーに、あの芸能人のエッセイを発見する。
さらば青春の光・森田によるエッセイ本だ。
コントすら、人柄すら、彼のことは何も知らなかったが「お笑い芸人が書く文章は面白そう」という理由だけで買うことに決めた。
(最も、タイトルに惹かれたのは内緒である。)

それと、結界を破ってくれたお礼として林真理子の「成熟スイッチ」をもう一度手に取り、合計3冊を抱えレジに向かった。
さらば森田の本のタイトルは卑猥だったので、森田の本を、ジェーン・スーと林真理子でサンドイッチしてレジに置いた。
結果としてバーコードを読むため、当然森田の本は店員さんの前に露わになった。
「あ、すみません、全部カバーお願いします。」
コンビニでエロ本を買う少年の目をしていたと思う。
ジェーン・スーがメインなんですと泳ぐ目で訴えながらお会計を済ませ、本屋を後にした。

ついにやったぞ。
初めて、文字だけの本に課金した。
なんだか大人になれた気分。
気分をそのままに、本屋より上の15階にあるスターバックスで休憩することにした。
ここで早速読んじゃったりして。
ますます大人っぽいかも。
イキリゲージがMAXに触れていた私は、いつも通りホットのほうじ茶ラテをオールミルクで注文し、眺望が利く外の席を選んだ。
おしゃべりをする若者、お仕事をするサラリーマン、ぼんやりするだけのカップル、みな様々だった。
当然外の席なので、BGMは流れていない。
集中して読めそうだ。
カバンからジェーン・スーの本を取り出し、読み始めた。

主題と同じ「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」というタイトルのエッセイに始まり、女性らしさとは?歳を重ねるということは?という女性の悩みを彼女の経験を絡めながらバッサリと斬っていく文章は読んでいて気持ちが良かった。
これが母が勧めてくれた所以か。
やはり母は偉大だ。
どの文章もスッと胸に入ってくる。
活字は別に苦手でもなかった。

ーーー

気付いたら泣いていた。
スターバックスのベランダで泣いていた。
もしかしたら誰か気づいていたかもしれない。
「あの人、なんか本読んで泣いてる?」
そう思われていたかもしれない。

けれど、どうしても堪えることができなかった。
「隙がないこと岩の如し」というタイトルの一節を読んでいる時のことだった。
誰からも嫌われたくない性格のせいで八方美人になり、常に自分を俯瞰で見て疲れてしまう。
それなら、一度舵を手放し無防備になってみよう。
傷付くことがあるかもしれないけど、あなたには回復力があるから大丈夫。
そんなような内容のエッセイだった。
完璧な自分でいないといけないと、少しだけ(いや、かなり?)無理をしていた時期だったのも重なり、心にぶっ刺さってしまった。

活字ってすごいかも。
ただの文字の羅列ではない。
文章で人に寄り添うこともできるんだ。
涙を拭い、帰ろうと思った。ほうじ茶ラテは冷たくなっていた。

こうして私は活字デビューを果たしたのであった。
それからというもの私は、瞬く間に活字の虜になっていった。
本屋のどこにも結界は張られなくなったし、いつも机の上に買った本が積んであるようになった。
図書館で貸出カードを作り、電車でも家でもカフェでも本を読むようになった。
ありがとう、ジェーン・スーと母。
あなたたちは私のミューズです。

ちなみにその後、私はさらば青春の光の大ファンにもなっていた。
ありがとう、森田。
あなたも私のミューズです。

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