「生きる☆サブカル青年」⑦
今朝起きてからずっとプラスチックが溶けたようなケミカル臭が鼻にこびりついていて取れない。
そういえば今年の3月頃、なぜか夜中に高田馬場に住んでいる妻がレトルト食品やらカロリーメイトやらを大量に抱えて、笹塚の僕の部屋まで持って来てくれたことがあった。「なぜ夜中に急に?」と流石に思わずには居られなかったが妻の脳みその中の世界は「イレイザーヘッド」というカルト映画みたいなものだと認識しているので、そこに意味や意図を求めるのはナンセンスというものである。
なので僕はそれが何も可笑しな事ではないかのように「凄い量じゃん、結構重かったんじゃない?」なんて言うと、妻は「うん、たまにスーパー行くとつい買いすぎちゃって」なんて返してくるんで今のシチュエーションを可笑しな事と思っていないことは間違いない。
そんな調子で会話をしていると妻が「夜食作ろうか?たまには嫁っぽいことしてみたいし」と言ってスーパーのビニール袋からおもむろに取り出したボンカレーを鍋で温めようとしてくれた。ただし妻は誰でも出来ることに限って不思議なくらいできない奇病を患っているので、ボンカレーを入れた鍋に水を入れずに空焚きしてしまった。焦げた臭いに気づいた僕が台所を覗くと、妻はこげて溶け始めた銀色のレトルトパウチを小首を傾げながらじっと見ていた。
それで僕は「たぶん鍋という道具を電子レンジのアナログ版とでも思い込んでるんだろう」と気づいたのだけど、そんな事を不思議そうに考えている様子がとても妻らしく思えたので、正しい湯煎のやり方を教えるなんていう無粋なマネはできなかった。
そうする内に部屋中に広がった青白い煙と毒々しいケミカルな異臭に包まれながら「この人がこんな人で、僕の妻で居てくれるのは幸せな事だよな…」と、窓も開けずにただ煙が風呂場のほうに吸い込まれていくのをただポカンと眺めながら思っていた。そしたら妻もすっと隣に来て僕のポカンとした目線の先を同じくポカンとした表情で辿っていた。
と、そんなささやかな愛のメモリーに浸ってみたところで、朝から鼻の奥にこびりついたケミカル臭が消えるはずがないんである。
仕方がないんで、とりあえず散歩がてら駅前のスーパーで鼻うがいのやつとボンカレーでも買ってこようかと思う。