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「写真やってる」って何してることだろう

「写真やる」って何してることだろう。
もう少し言うと、写真ができるまでにいろいろなプロセスがあるんだけど、どこにどのくらい力をかけているといいんだろう。

と、最近そんなことを考えました。

僕の考えた答えは「写真にしたい、するべき景色、モノ、見方を探すこと」に一番力をかけるべき、ということです。

力をかけるべきプロセスとは

写真ができるまでのプロセスはたくさんあります。

1.撮影したいものを考える
2.被写体を探しに行く
3.被写体がいい感じになる条件を探す
4.それに合わせてカメラやレンズを決める
5.ストロボなどの追加効果を決める
6.カメラの設定をする
7.アングルや被写体との距離を決める
8.いい瞬間を待ってシャッターを押す
9.良いショットを選ぶ
10.レタッチする
11.公開する

こんな感じでしょうか。

そして僕も含め、今の世の中、
4.カメラやレンズを決める
以降のプロセスに力を注いでいる人が多いと思います。

とくにカメラ選び、レンズ選びはかなり多くの人が力をかけているのではと。

僕はこの状況、とても不幸だと思います。

結局いい写真は撮れたでしょうか。
写真をやっててよかった、と自分が死ぬときに思えるでしょうか。
撮った写真を人に見せて、何か良い影響があったでしょうか。

撮る機材、公開するプラットフォームがこれだけ庶民のものになった今、ものすごい可能性があるのに、なんだかその良さを全然発揮できていないような。

いや、そのおかけでたくさんの方がアマチュアでもいい写真を発表したりすることができるようになりましたが、一方でもっと多くの人がその良さを発揮できずにいるのではないか。
そのように考えています。

「目の前に撮りたいものが来た」時点で写真はほぼ完成

先程挙げたプロセスの中で、

1.撮影したいものを考える
2.被写体を探しに行く
3.被写体がいい感じになる条件を探す

ここまでできたら写真の95%位は完成しているんだと思います。
最近そう思うようになりました。

そしてカメラを持つ人が力をかけるべきはここまでのプロセスだと思います。

なぜならそれ以降のプロセスはテクノロジーがどうにかしてくれているのと、撮りたいイメージがある場合は悩まずとも自然に答えが導き出されるからです。

4以降のプロセスに関してはこんな風に思っています。

4.それに合わせてカメラやレンズを決める
>何で撮ってもキレイに撮れる
5.ストロボなどの追加効果を決める
>撮りたい場面に出逢えば自ずと答えがでる。
>たぶんうまい人はなるべく追加効果がなくて良い場面を求めて出逢っている
(その場面自体にすでに価値がある)
6.カメラの設定をする
>テクノロジーに任せてもキレイ
>ちょっとした勉強と練習でわかる
7.アングルや被写体との距離を決める
>撮りたい場面に出逢えば自ずと答えがでる
8.いい瞬間を待ってシャッターを押す
>撮りたい場面に出逢えば自ずと答えがでる
9.良いショットを選ぶ
>撮りたい場面に出逢えば自ずと答えがでる
10.レタッチする
>最小限のレタッチで済むように撮影している
11.公開する
>そもそも公開相手やそこで期待することが違う

こんな感じだと思います。

撮影したいものに出会うために、どんな努力をしていますか?

カメラをやっていると、レンズレビューとか、どうしてもしたくなるんですけど、それをやったら僕はだめだと思います。

少なくとも僕はやっちゃだめ。

そんなことを意識して、これからも写真やってきたいなと思います。

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