「理性」「悟性」「感性」
「理性」とは何か。
これ、道理によって物事を判断する心の働き。
また、善悪・真偽などを正当に判断し、道徳や義務の意識を自分に与える能力。
宇宙・人生を司る基本原理とも云える。
では、「感性」とは何か。
物事の印象や性質などを感覚的、直感的に把握する能力や心の動き。
また、外界から刺激を受けて得られる感覚的所与である。
一方、「悟性」とは何か。
これ、概念として統合または区分し、対象を認識する能力。
この人間が持たされている「理性」「悟性」「感性」を、お主、どう見るか。
「感性」は、人間の意識、無意識に関わらず、受信機としての機能を持ち、その受信したものを「悟性」によって理解し、「理性」によって判断している。
人間は、日常の中で、これらの神秘の働きを自然に行っている。
しかし、人間、この豊かな機能を、万人共に平等に有しているとはいえ、中身のレベルには差が生じている。
なぜか。
それは人間一人ひとりの生き様、日常の心掛けに起因する。
つまり、受信機である「感性」は、日々磨く必要がある。
これを怠り、難があるようでは、余程有用なものが流れてきたとしても、まずそれを掴むことが出来ない。
これ、心の透明度に影響を受ける。
いつも心が波打っていたり、汚れて濁っていたりすれば、捉えるべき光を逸してしまうことになる。
また、運よく捉えられたものを正しく理解するためには、真理が必要だ。
従って、間違った判断軸、それ往々にして未熟なままの自分の物差しのみを使うと間違いが起こる。
また、真理によって意味を正しく理解できたとしても、それを受容し、実行するための判断は、これ経験によってものにした道理がなくば、適切な処理がなされない。
この感性、悟性、理性の流れは、即ち人間性そのものであり、この統合が正しく成されない限り、人間として成長し、昇華していくことは出来ないということだ。
従って、人間とは何ぞや、人間性とは何か、人間の生きる目的とは何か…。
これらのことを自然流に探究していくことで、この「理性」「悟性」「感性」の意味を深く捉えることが出来るようになる。
人生は、奥深い。
だから人間は面白い。
そのことを肝に銘じ、日々の生活の営みの中で、感性を高め、真理を学び、道理を身に付け、人間として正しい道を進みます。
有難う御座います。