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いつかの10月

今の家の前は5年間碑文谷に住んでいた。
目黒区碑文谷。

15歳で東京に上がってきてから、
市ヶ谷、恵比寿、そして韓国ソウル、んで碑文谷。
どこもかしこも大都会に住んでしまって、お買い物はしにくいし、ご近所付き合いもしにくい。

でも碑文谷では、1人でフラッと寄れるご飯やさんも沢山できたし、ご近所さん付き合いも、そして叔母の家もすごく近かった。
お家はありきたりなアパートだったけど、目の前は大きな畑で、東京目黒区という大都会ど真ん中だったのにすごく静かで、本当にお気に入りだった。

京都から中学3年生の9月に引っ越してきた。
受験のことを思うと今考えてもあり得ない時期。
残り半年しかない中で、10年過ぎた今も会える友達と先生ができたのは、奇跡だったと思う。

お家も転々としたし、地域も転々としたけれど、全部の場所に帰れるくらいの友達はできたし、それぞれ愛着も湧いた。

でも碑文谷はちょっと特別。
自分で初めて決めたお家だったから。
中学生の頃からほぼ1人暮らしみたいな感じだったけど、家も、もちろん家賃も親が払ってくれていて。
でも碑文谷は自分で碑文谷に住みたいと決めて、お家も見つけたから、ちょっと特別に愛着があったし、平日でもてっぺん超えるまで飲み歩いたりもした、ちょっと特別。

最近の冬は比較的暖かくて、韓国で着てた冬服はほとんど着れない。でもどうしても着たくて、だってどうしても欲しくて、ちょっと無理して買った6万のセーターだったから。久々にひっぱり出したら、幸いにも虫喰われはなかったけどモケモケ。
1人暮らしの家にモケモケを取れるジージー(うちでは皆モケモケのジージーと言うけど正式名称はなんなんだろうかね)なんてなくて。
近くに住む叔母の家に借りに行くことにした。

叔母は柿が大好きで。
食に全く興味がなくて、160センチ超えてるのに40キロを超えない叔母が好きな食べ物は貴重。
だからご近所の八百屋さんで柿を買って、コートの袋につっこんで。
お気に入りのZARAのスカートにビーサンでモケモケのジージーを借りに。

今、またご近所さんも全く知らない新たなところに越してきてなんだかこの日がとっても恋しい。
全く特別ではなかった日なのに、恋しい!

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