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花ではない花 vol.1「描花」

少し前から、生花を買わなくなった。花を買うと、花を捨てなければいけない。枯れてしまった花をゴミ袋に入れるとき、生々しい重みが現れて「生き物」を捨てていることを自覚する。草木よりもそれを感じてしまうのは、花に首や肌を見るからだろうか。ゴミとなった花を見るのは、耐えがたいものがあった。
もちろん、花と共に過ごすことは素晴らしいし、もっと上手な付き合い方もあると思う。それでも、生ける度に弔う覚悟のない自分は、違うかたちの花を探し始めた。花ではない花。ポリエステルの造花ではない。ポストカードに活版印刷の艶やかな黒で描かれた花。それも、優しい顔でサザエさんが生けてくれている。

よく晴れた秋空の日、自転車に乗りたくなって目的もなく走っていた。途中から、砧公園にでも行こうかと思い桜新町を通り抜けると、ふいに長谷川町子美術館の看板が目に入る。この辺りはよく散歩していたし(ブックオフに入り浸っていた)、美術館があるということは知っていたけれど、そういえば一度も入ったことがなかった。偶然を選べることに、やわらかな余裕を感じる。自転車を停めて、今日の目的地を長谷川町子美術館にすることにした。
美術館は二棟に分かれている。一棟は、長谷川町子と姉の毬子が生涯集めてきた美術品のコレクションを展示する美術館。その隣に、サザエさんをはじめとする長谷川町子作品を展示する分館がある。分館ができたのは2020年で、意外にも最近のこと。長谷川姉妹は、自らの作品よりも自分の暮らしを潤した美術品の展示を望んだそう。ふむふむと美術館をひと回りしつつ、分館へ移動する。

漫画家としての長谷川町子の人生は、あまりにもストイックで才気に満ちていた。10代前半、当時一世を風靡していたのらくろの田河水泡に弟子入り。すぐ漫画誌でデビューを果たし、そこから死ぬまでまんが道。戦争があり福岡に疎開しても、連載する新聞社が変わっても描き続けた。そこに苦難はあっても陰りはない。町子はとにかく明るく、たくましく、どうにかなると思っている。

展示に満足してグッズコーナーを見ていると、活版印刷のポストカードが並んでいた。凹凸のある印刷が美しく、たくさんある種類の中から、サザエさんが花を生けているものを買った。いつも忙しなく、賑やかに暮らすサザエが、一人静かなひとときを楽しんでいる姿を垣間見たような一枚だった。
家に帰って、デスクから見える壁のところにポストカードを飾る。僕の部屋に、サザエさんが花を生けている。生花のある生活は素敵だが、僕にはこれでいい。


長谷川町子美術館

フック画鋲
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