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さくさくぱんだに抱かれた夜 <チョコあ〜んぱんとの別れ>

みなさんは、好きな駄菓子はあるでしょうか。
駄菓子、良いですよね。美味しいですよね。なのに『駄』なんて、謙遜している姿もまたキュートです。僕も名前の初めに駄って付けようかな。

ちょっとした隙間にいつでも入り込んできてくれる駄菓子たち。僕もつい買っちゃうことが多いです。
昔はもっぱら、チョコボール派でした。ボールが出てくる口の部分がキョロちゃんの嘴のようになっているのですが、手にポロッとチョコボールを出さずに直接口を付けてややお下品に一気喰いした時には、(キョロちゃんとフレンチなキッスしちゃったな…)と頬を赤らめることもありました(これが4歳くらいの時のエピソードだったら可愛いのですが、28歳の時でした。しっかり納税もしているし、ヒゲも生えていました)。
最近の僕はと言えば、チョコあ〜んぱん単推しです。

僕とチョコあ〜んぱんとの出会いは、少し変です。
ある日コンビニで「チョコあ〜んぱんを再現したチョコあんぱん」的な商品が売られていました。
チョコあ〜んぱんの存在は知っていた僕は、(ふ〜ん)と思いながらも、甘いもの欲しさに買って食べました。その時の感想は、(ふ〜ん)という感じでしたね。美味しいんですけどね、別に感動はないというか、「チョコパンだな〜」という感じです。

そこからしばらく年月が経ち、ある日スーパーで本物のチョコあ〜んぱんと出会いました。
本当はどうぶつビスケット(厚焼きのチョコのやつ)を買おうとしていたのですが、なんとなくその日の気分で、チョコあ〜んぱんを買ってみることにしました。
家に帰って食べると、これがね!美味いのなんの!という感じでした。
「え?何これ?パンじゃ〜ん!しかもチョコの味も割と感じるし、パンの部分しっとりしている!え?何これ?パンじゃ〜ん!しかもチョコの味も…」
という、食レポのスヌーズ機能みたいな状態になりました。
そこからはもう、チョコあ〜んぱんと歩む日々です。

今日は疲れたなぁ〜!
という日には、スーパーでチョコあ〜んぱんが待ってくれています。
(パッケージのおじさんが、優しく微笑んでくれます)
今日、なんもしてね〜!ウケる〜!という堕落した生産性のない、風呂で何の垢を落としているのか分からないような休日でも、しっとりと僕を包んでくれます。
チョコあ〜んぱんとの日々は、そこに変わらない良さを見出してくれた、変わらないからこそ変えの効かない関係になっていました。

そしてある日、いつものように仕事帰りにスーパーにより、チョコあ〜んぱんを買おうとしました。いつも場所で待ち合わせです。
しかし、いつもチョコあ〜んぱんの居た場所に、別のお菓子がいました。

…え?
信じられない僕は、何度も探しました。他のお菓子の棚、レジ側の売出し中お菓子の棚、そして戻ってきていつもの棚。どこを探しても見つかりません。
こんなにあっけなく終わって良いものだったのでしょうか。
チョコあ〜んぱんはその日、僕の前には現れませんでした。
スーパーの一角で肩を落とした僕は、その心の隙間を埋め合わせるために、さくさくぱんだを買って帰りました。

それは、ほんの出来心だったと思います。
心を痛めて悲しんでいる僕に対して、優しく口解けてくれるさくさくぱんだ。しかもちょうど『ミルク&ほろにがチョコ』味という、お菓子界の中でもややセクシー目の味でした。可愛いぱんだみたいな顔をして「あんなやつこと、忘れちゃえよ…」と僕に語りかけて来ます。きっと今夜僕は、さくさくぱんだの腕に抱かれて眠るのでしょう。

「本当に怖いのは、それが手に入らないことではない。手に入れたそれを、失うことである。」

チョコあ〜んぱんとの日々を僕は、取り戻すことができるのでしょうか。それとも僕は、さくさくぱんだとズルズルと成り行きで人生を歩んでいくのでしょうか。「私たち、どんな関係なんだろう…」とボソッと、さくさくぱんだに対して僕がため息混じりに漏らしてしまうこともあるでしょう。そんな僕を、さくさくぱんだはやや乱暴に抱くのでしょう。

またいつかチョコあ〜んぱんと逢える日まで、この寂しさを忘れずにしていようと思います。明日も同じスーパーに通うのでしょう。また会えた時には、そんなこともあったね、と笑い飛ばせるような関係で居られればいいなって思います。パッケージのおじさんも、変わらない笑顔でまた会ってくれると良いなって思います。

にしても、あの「チョコあ〜んぱんを再現したチョコあんぱん」は何だったのでしょうか。幻?


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