見出し画像

(#2/10)自律分散型組織の理想と崩壊【パラレルクリプトスケープ】

1話からのつづき。

ビット王国を歩きながら、ナナミはまだ混乱していた。これは夢なのか、現実なのか。
けれど、革ベスト姿のトオルに導かれ、彼女は「過去の教訓」を見ることになるらしい。
ならば、とにかく耳を傾けるしかない。


「トオルさん、このビット王国って、いったい何なんですか? 過去の出来事が見れるってどういう……。」
ナナミが問いかけると、トオルは小さく微笑んだ。
「ここでは、Cryptoが理想とされた頃から、その理想が人間の弱さ(パヤヤ)に敗北した歴史を象徴的に語れるんだ。そう、たとえば『自律分散型組織(DAO)』って言葉、聞いたことある?」
ナナミは頷く。
「うん、なんか人間が口出ししなくても、スマートコントラクトで公正な分配や意思決定ができるって……理想的な組織形態、でしょ?」
「そうだよ。」
トオルは広場の中心にある奇妙なモニュメントを指す。立方体が幾重にも浮かび上がり、その隙間から微かな光が揺れている。
「昔は、コードによる自律分散型組織が新たな希望として迎えられた。『人間のずるさや独断が入り込まない、完璧な組織になる』って信じられたんだ。」

ナナミは「完璧な組織」って言葉に惹かれる。
「それなら……うまくいったんじゃないの?」

けれどトオルは首を振る。
「いや、そうでもなかった。とあるDAOでは、文化的なアイテムをオークションにかけ、得た収益をみんなで使おうとした。参加者は投票で用途を決められる、透明な仕組み……はずだったんだ。」
「文化的なアイテム……?面白そうだけど、それもうまくいかなかった?」
ナナミが首を傾げると、トオルは苦い表情になる。
「残念ながら、参加者の中には『この資金、うまくすれば自分だけ得をできる』と狙う者がいた。
投票ルールを利用して資金を持ち逃げし、みんなを裏切ったんだ。
確かにコードや投票ルールは透明だけど、人間が『自分で提案を詳しく見ない』『みんな信じてるから大丈夫』と楽観的になれば、悪意ある者は裏をかける。」

ナナミはため息をつく。
「前の取引所ハッキングの話と同じだね。みんな『大丈夫』って空気に流されて、自分で考えない。結局、人間が自分でリスクを確認しないから、敵に利用される。」

トオルは頷く。
「そう。さらに別のDAOでも、人々が表面上は投票してるけど実は流れに乗るだけ、リーダー的存在の意見に合わせて行動することも多かった。ちゃんと議案を読むわけじゃない。『みんなそうしてるから』で決まる。
DAOなのに、本当に自律的じゃないんだ。参加者は数が多いだけで、自分で考える人は少なかった。『大勢いるから安心』という思い込みが、また失敗を招いたんだ。」

ナナミは悔しそうな表情になる。
「結局、リスク検証をサボり、『楽して得したい』って思いが、理想を壊したんだ……。Cryptoの可能性があっても、人間が甘えれば台無しってことか。」
トオルは静かに微笑む。
「その通り。理想を実現するには、人間が学ぶ必要がある。コードやブロックチェーンは、人間がちゃんと使いこなして初めて意味がある。
今はまだ過去を見ている段階だけど、ナナミ、君はもう気づいたよね。『自分で考えること』がどれほど大事か。」
ナナミは拳を握り、「この教訓、絶対忘れない」と呟く。
まだ旅は始まったばかり。次は何を知ることになるのか、考えると少し怖いけど、未来を良くするために過去の失敗を学ぶしかない。

トオルは「次へ行こう」と声をかける。
ナナミは深呼吸して歩き出した。
これから彼女は、さらに人間の弱さを浮き彫りにする数々の物語を知り、やがて無数の価値観が共存する新たな世界へと想いを馳せることになる——

いいなと思ったら応援しよう!

かねりん
活動の軍資金にさせて頂きます。