(#3/10)リーダー崇拝と矛盾するDAOの姿【パラレルクリプトスケープ】
2話からのつづき
ビット王国の夜道は、静かで深い。
ナナミとトオルが目指す広場には、異様な存在感を放つ像が立っていた。華美な衣装を纏うその人物は、あたかも世界を手中に収めたかのような笑みを浮かべ、見る者を軽く見下ろしている。
ナナミは像を見上げ、首をひねる。
「DAOって、自分たちで考えて投票して、平等に合意を形成するはずだったよね……なのに、こんなリーダーが存在したなんて。」
トオルはわずかに肩を落とす。
「表向き、そこでは“みんなが投票する”ことになってたんだ。けれど、人々はいつの間にか『リーダーの示す方針に従えば得をする』って思い込み始めた。いや、もしかしたら思い込んだんじゃなく、そう思いたかったのかもしれない。自分で難しいことを考えずとも、誰かが正解を教えてくれるなら、それに乗る方がラクだからね。」
ナナミは、周囲に貼られた古びたポスターの切れ端に目をやる。
そこにはかつて「このNFTを手に入れろ!」「買えば儲かる!」といった華々しい文句が並んでいたらしい跡がある。「GACH・・・」今は剥がれ落ちて、文字はほとんど判読できない。
「投票してるって言っても、本当は心の中でリーダーに合わせてるだけ、周りの雰囲気を読んで流されてるだけだったんだね。DAOのはずなのに、結局リーダーの顔色をうかがってる……そういうこと?」
トオルは像に近づきながら答える。
「みんなが平等と言いつつ、実際は声の大きな人やリーダー格に依存する。自分でろくすっぽ情報を調べず、秘密鍵すらも自分で守る意識も薄れ、専門家に任せた方が楽だという声もあった。何も違法だとか詐欺だとか、はっきり言えない。でも、そうやって『任せる』選択をした結果、本来の自律や分散の理念は遠ざかった。」
ナナミは像の足元に目を落とす。そこには剥がれたタイル、崩れかけた石。見た目は派手だけど、根底は脆い。
「ブロックチェーンって改ざんできないんでしょ? じゃあリーダーが都合よく歴史を変えるなんて無理じゃない?」
彼女は疑問をぶつける。
トオルは少し間を置いてから答える。
「コードやチェーン自体は強固だよ。でも、人間はハードフォークという手段で、別のチェーンを選んだり、新しいコントラクトを作り直したりして、事実上“都合のいい歴史”を採用できた。つまり直接、書き換えなくても“別ルート”を作ってしまえる。皆が『それでいいか』と合意すれば、理想的な透明性は形だけになる。」
ナナミは唇を噛む。
「……つまり、人間が本気で抵抗しなければ、リーダーや有力者は簡単に別のルール、別の世界線を提示できる。周りも『まあ、それで得が出るならいいか』と流される。その連鎖で、最初に求めたはずの平等で自律的な仕組みは消え去るわけか。」
周囲の沈黙が、過去を嘲笑するかのようだ。
トオルは小さく息をつく。
「さらに、『ウォレット履歴を見ればその人の本質がわかる』って言い出す人たちもいたんだ。記録されない情報の方が多く、チェーン上のデータは都合よく解釈できた。人間の本質をチェーンで測るなんて、おこがましい話だよ。」
ナナミは頭を振る。
「ほんと、ずっと人間がパヤヤに負けてる気がする。DAOなのにリーダー頼み、NFTを買えば得する、とか、みんなが信じてるなら安全、そういう甘い考えが次々に理想を壊してる。」
トオルはその言葉にわずかに笑みを浮かべる。
「君はもう気づいたね。テクノロジーは魔法じゃない。使うのは人間で、人間が楽をして他人任せにすれば、どんなに優れた道具も悪用される。」
ナナミは拳を握り、
「わかったよ。今までの話を聞いて。結局、人間が主体的に行動しなきゃダメなんだって痛感した。もうこんな悲しい歴史を繰り返さないためにも、私は次の過去もちゃんと見ておく。」
と決意を込める。
トオルは
「その気持ちが大事だよ」
と優しく答える。
「さあ、まだ先がある。いろんな過去を知るうちに、君はこの世界がどう変わっていくかのヒントをつかむはず。」
ナナミは頷き、夜のビット王国を再び歩き出した。
今はまだ暗くて冷たい風が吹いているけれど、その先に何か暖かな未来があると信じて……。
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