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子どもの頃のこと
子どもの頃、引っ越して転校してしまった友達とはもう二度と会えない妄想に囚われていた。私か、その友達のどちらかが交通事故に遭って死ぬ。あるいは病気で。とにかく物理的にそう簡単には会えなくなったら、それは「イコール死が二人を分かつ」という意味をなす……という妄想だ。
私は外を歩く時もなるべく死なないように気をつけて歩かなくてはならなくて、気が休まらない。3日か4日置きにはその友達に手紙を書いた。私は死んでいない事を手紙によって暗に伝え、相手からの返事ではその人が死んでいない事を確かめるために。
その妄想は大体小学校5年生くらいでおさまった。理由の一つとして、自分が5年生になる時に東京から茨城に引っ越したからというのがある。それでもしばらくはその新しい土地で死ぬかもしれない……と漠然と考えながら過ごしていた。しかし何も起こらなかった。その経験から、徐々に死が私と友を分かつ妄想からは解放されていったようだ。
その時点で文通相手は3人。全員東京の小学校の時の元同級生だ。
中学生になった頃は雑誌の文通コーナーで知り合った人や、入っていた外部の漫画同人誌サークルの人、或いは私の同人誌を買ってくれた人などとも文通していたので、密にやり取りする相手は少し増えて当時5人くらいとなっていた。
もうその頃には死によって友達と分かたれる恐怖はなかった。かわりに、「生きる意味とは?」とか、「善と悪とは?」とか哲学的な内容をやり取りする相手もその中に数名いたので(そういう内容を書く相手はみんな大学生くらいの年上の人だった)、そういう事を常に考えていたかもしれない。一度で書く手紙の量は、相手によっては多い時には便箋10枚ほどにもなっていた。
ある時、その相手から来た手紙を母親に読まれてしまったことがある。母に読んだ理由を怒りながら尋ねると
「机にそのまま置いてあったし、どんな事が書いてあるのか知りたかったから」
との事。机にそのままと言うが、ちゃんと封筒に手紙は入っていた筈だ。ところが学校から帰宅して机を見た時は、中身が全部出ていた。
その時母に読まれたのは、ちょうど中学校で生徒同士の喧嘩を止めに入ったとある理科の先生が、喧嘩をしていたどちらかの生徒に怪我をさせてしまったので、先生は謹慎になってしまい、私としてはその先生がとても良い先生で大好きな先生だったので、「辞めさせられるかも……」ということについての悩みや、「この事についてどう思いますか?」といった内容の手紙だ。読まれたのは8歳年上の文通相手に尋ねたその手紙に対する返信の手紙だったと記憶している。
母は、
「大したことは書いてなかった。くだらない内容だった」
と言ったので、私は
(大人ってなんてくだらないんだ!)
(つまり、母とはそういう人間なんだな)
という感想を持った。後半は『少年の日の思い出』のエーミールの台詞を思い出して真似た。正直とてもショックだった。
親になってみれば、母の気持ちも分からなくはないが、私は子どもが誰かとやり取りしているメールやラインの中身を見ようとは思わないし、今でもあれは非常識な事だったと思う。
子どもとは、かくも狭い世界に精一杯生きている。
世間の荒波に揉まれて、「あの頃の私はちっぽけだった。世間知らずだった。」そう思うことはあっても、子どもが初めて経験する様々の思いや事象を先回りしたり、土足でズカズカと入ったりしていいとは思わない。だから私はやっぱりそれはしない。
何故かここのところそんな事を思い出してばかりいる。小さな子どもの私が何か私に伝えたがっているのだろうか。
ああ。
この前「100分de名著」というNHKの番組で、『赤毛のアン』をピックアップしていたのを観たからかもしれない。すごく良かった。
次の第3回は10/15(月)22:25から。
良い本とは、自分の中にある「想い」の正体に光を当ててくれる本だ。私の想いを代弁してくれて、分からなかった気持ちに補助線をくれる。そして課題をくれる。
また『赤毛のアン』を読み直してみようかな。
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