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百物語『見える』
いつの頃からか私には不思議な力が宿っていることに物心ついてから気がついた。両目でものを見ている時には見えないものも、右目をつぶって左目だけで見ると、あらぬものが見えてしまうのだ。
「だからさぁー、翔ちゃん」
「……」
「翔ちゃんてば!」
「あ、何、ごめん」
「聞いてなかったね。もういいよ!」
子どもの頃、そんなことがよくあった。
偶然何かが目の端を横切ったような気がして、まばたきして見直す。すると特に変わった様子はない。しかし左目だけそっと開けると、「だるまさんが転んだ」よろしく先ほど目の端だった奴が徐々に近づいてくるのだ。恐ろしくなって、それ以来二度と片目で物を見ないように気をつけている。
そんな私も大学生になった。特にやりたい事があって入った学部でもなかったが、授業はなるべく出たし、家のことを考えてバイトもして、生活費の足しにした。いたって真面目な学生生活を送っていた。
ある日、バイト先の2つ歳上の人に軽い感じで食事に誘われた。
「相良さん、一人暮らしだったよね。自炊?今日遅くなったし、面倒だからなんか食いに行かない?」
「あ、はい。いいですけど……」
「よし、決まり。何がいいかなぁ。イタリアン?和食?ラーメンとか。あ、それとも肉がいいか?」
「なんでもいいです。強いて言うなら肉以外で」
「んーじゃ、焼き鳥行こう」
はぁ?なんでそうなる?ラインナップになかったじゃん。鳥とは言え肉だし……とは思いつつも、そのまま先輩の行きつけという焼き鳥屋に行くことになった。
「とりあえず生中で!」
「あ、じゃあ自分も生中で」
「お、飲めるのか?お堅そうだからてっきり下戸かと思ったぜ!」
「はぁ、まぁ……少しくらいなら」
そうだ、気をつけていたからなるべくアルコールは摂取しないようにしていたんだ。小学生の時にアレを見てハッキリと自覚してからは、本当に注意を払ってきたので、幸いにも今日まで何も見ずに過ごせてきていた。
ここのところバイトが少し忙しかったし、大学も試験が終わったばかりだったので、少しくらいなら……とちょっと気が緩んだのかもしれない。
空腹には中ジョッキ一杯もよく効いた。勿論焼き鳥は絶品だった。空腹にしみわたる美味さだった。
「うまっ!先輩これ美味いす!」
「おお、食え食え。奢らないけどな!」
「いいすよ。自分もちゃんと持ってきてますから飯代くらい……」
私は軽く酔ってしまって、少し眠くなってしまった。
「おい、お前寝ちまったのかよ。たった一杯で。弱いんだったら無理すんなよ……」
先輩の声が膜がかかったようにぼんやりとくぐもって聞こえる。その割に店の中はガヤガヤと喧しい。
「あ……はぃ、う……ん」
「もう、しょうがねぇなぁ。送ってくから。自分ち、わかるな?」
「はい、大丈夫であります」
それほど遅い時間ではなかったが、危ないと思われたのか、アパートの前まで送ってもらった。
「ここまでで大丈夫です、ありがとうございます。先輩もお気をつけて……」
とお辞儀して部屋へ入ろうとしたその時、
「お前ここは『先輩、コーヒーでも飲んで行きませんか?』とかじゃねぇの?」
と言うので、
「いや、部屋が汚いんで恥ずかしいす。無理っす」
と踵を返して行こうとした瞬間、
「お、ま、え、な〜〜!」
と突然、壁ドンしてきたので(これが壁ドンというやつか……)、思わず顔を背けて目をつぶって身構えた。しかし何も動きがなくなったようなので恐る恐る片目をそっと開けて見ると……
子どもの頃、私の目の端でウロウロしていたアレが、ハッキリと先輩の肩を背後から掴んで耳から何かを吸い取っている様子が見て取れた。
「!!!」
私は恐ろしくなって自分だけドアを開けてサッサと部屋に入り、鍵をかけてしまった。
2日後、バイトのシフトが入っていたので、いつも通り行ってみると、先輩はバイトを辞めてしまっていた。
店長に聞いても事情はよく掴めなかったが、一応本人からバイト先に電話があって、急に具合が悪くなって実家に帰ってしばらく休養することになったので、急で申し訳ないが、辞めさせてもらいたい、ということだったらしい。
私の……せい?
よく分からないが、アレのせいだろうとは思った。アレが何なのかはいまだによく分からない。だけど、思うに、いつも私に何らかの感情が働いた相手に対し、アレは姿を現していたようだった。友情なのか、下心なのか、嫉妬なのか、何に対してなのかは今となっては確かめようもない……というか、確かめる気はサラサラないのだが、これからはもっと注意深くならないと、と心に誓った。
もう二度とウィンクはしない。
完
※こちらの企画に参加しています。
https://note.mu/karly/n/n8f807f3b31e2
どなたか、朗読していただける方、募集します。あるいはイラストなども描いて頂けたら嬉しいなぁ。
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