太陽と月と地球(2)
そろそろ高校1年も終わりに近づいていた。
残るイベントは学年末試験くらいだ。部活を辞めた日比野と寺山は暇を持て余していた。
「なぁなぁ、お前ずっと帰宅部だったじゃん。放課後って何やってる訳? まっすぐ帰宅?」
昼休みに日比野が尋ねてきた。俺は食べ終わった弁当を片付けながら、
「まぁ、そうだな。本屋による事もあるけど、基本そのまままっすぐ帰宅かな」と答えた。
「本屋……。ゲーセンとかカラオケとかはいかねえの?」
「いや、基本ひとりだったし……ひとりでそんなとこ寄らないよ。金かかるし」
「そっか。うん……そうだよな。え? じゃあさ、帰ったら何してるわけ?」
「本読んでるか、勉強……」
「マジか!!」
*
日比野はあからさまに生きる目的を失ってしまったように(少なくとも俺には)見えた。次から次へとその辺の女子に手を出しては捨てているみたいだった。基本的に誰にでも優しい日比野はすごくモテる。泣いている子がいれば慰めてあげるし、誘われれば女の子たちと学校帰りにカラオケなんかに行っているみたいだった。
試験は3日後だというのに遊んでばかりで大丈夫なのか? まぁ別に俺の知ったことではないけれど。
寺山とも最近はつるんでいないようだった。
「やぁ、月村くん。ちょっと数学の参考書を買いに本屋に寄ろうと思ってるんだけど、一緒に見てくんないかなぁ」
帰ろうと下足に履き替えている時に不意に寺山に声をかけられた。寺山は隣のクラスだから日比野にくっついてこない限り俺とはあまり接点がない。
「日比野はいないよ」
「ん? 僕は月村くんに話しかけてるんだけど」
「……いや、でも」
アンタとは別にそんなに親しくないし、という言葉が喉元まで出掛かってやめた。するとすかさず、
「日比野くんがいないと僕とおしゃべりできないの? 君は」
仕方なく俺らは駅前の本屋に行くことにした。
「どの程度のやつが欲しいわけ? チャート式は? もう持ってる? 白、黄、青、赤の4種類あるけど……」
「どれも持ってない。学校で買わされたフォーカスゴールドだけ。あんまり得意じゃないから正直苦戦しているんだけど……」
「ふうん。フォーカスゴールドでダメならフォーカスゼータはどうかな。入試でどの程度数学を使うのかにもよるけど、センターでしか使わないとかなら……」
* *
「今日はありがとう。月村くんが親切で良かったよ。お礼にコーヒーでも、と言いたいところだけど」
「あ、いや……」
「僕もお金ないんで、とりあえずひとつだけ」
と寺山は急に俺の耳元に口を寄せてきて密やかにこう言った。
「日比野くんね、ヤバイよ。君、幼なじみなんでしょ? 助けてあげたら?」
「はぁ? 何言って……」
「じゃあね、僕じゃ何もできなかったから。じゃ僕の電車、反対方面なんで」
と肩にぽんと手を乗せたかと思うと、寺山はあっという間に夕暮れ時の少し混み始めた改札に吸い込まれて行った。
俺はまだこの時日比野に何が起こっているのか知らなかった。
(なんだよまたつづくのかよ?)