わたしのAI(中編)
翌朝、いつもより早く目が覚めた才蔵は、もてあました時間で部屋の片付けと料理の下ごしらえをしていた。午前11時、やっとレンタルAIが届くと、部屋の真ん中で才蔵は静かに箱を開けた。
中から現れたAIはふんわりとした黒髪ショートボブで、東洋人の肌色をしており、箱の中で体育座りをしていた。服装は普通の女子高生の私服のようなパーカーと膝上のデニムのスカートだ。バーチャルショップで見た以上に精巧に作られており、まつげの1本1本まで、一分の隙もない美しい造形だった。才蔵はAIの頭のてっぺんからつま先まで、ためつすがめつ眺めていたが、やがて、震える手で箱に書いてあったとおり、左耳の裏にある起動ボタンを探りそっと押した。
すると「ポーン」と起動音が鳴り、AIの瞳が開いた。才蔵はその瞳の前に映し出された取扱説明書と、レンタルの規約をざっと一通り読むと、「同意する」ボタンをクリックした。
AIはゆっくりと箱から這い出し、才蔵の前に直立した。
「あ、あ、あの僕は市村才蔵と申します。今日から1週間あなたと過ごします。よ、よろしく……」
そう言いながら右手を差し出すと、
「パパは?」
と不安そうな声を上げながら、AIは右手を無視して部屋をうろうろし始めた。
「ぱぱ?」
才蔵が「この子を作った造形作家のことだろうか?」と訝りながらどうして良いか困惑していると、
「パパ……いないの?」
と言うなりAIはシクシク泣き出した。
実のところ、女の子と話したことも、泣かせた経験も殆ど無い才蔵は、AIの涙に戸惑いながら声をかけそびれていた。というのも、呼びかけようにも、このAIの名前を知らないからである。こんな大事なことなのに、箱にも、取説にも名前について何も言及されていなかったのである。
「あ、あの、君の名前は……」
「アイ」
無ければ名前をつけてあげようかと思っていた才蔵の言葉に、かぶせるような勢いでAIは答えてきた。涙は止まっていた。
「AIのアイ……ちゃんね(安直だな)。えーっと、君のパパはここにはいないんだ。で、今日からまずは一週間僕とお試しで暮らしてみることになったから……よろしくね。」
我ながら変な挨拶だな……と才蔵は思ったが、仕方がない。1週間一緒に暮らしてみて、性格も気に入ったら、その後もよろしく付き合っていきたいかも、と密かに思う程、アイのそのルックスは才蔵にとって申し分のないものだった。
しかし、この時点では不安も拭えなかった。何故なら、これほどの出来映えのAIなら、もうとっくに買い手がついていてもおかしくないはずだ。製造を見ると5年も前の物だ。それなのに未だにレンタルに出されているなんて……きっといわく付きなのに相違ないと思った。
AIのアイは部屋中をきょろきょろと確認するとこう言った。
「さいぞう……だけ。1週間いっしょにくらす。ヨロシク……」
何故アイが未だレンタルAIなのか、理由はすぐに分かった。
アイは本当に何もできないのだ(バーチャルショップでも確かにそう言われてはいた)。
家事や身の回りの世話、話し相手……どころではない。
このロボット自身、自分の身の回りのことさえ覚束ないのだ。その上会話についても難しい単語は分からず、時々きょとんとしている。慣れてくると、わがままを言ったり、才蔵にお人形遊びの相手まで要求してきたりするのである。
(まるでできの悪いわがまま盛りの5歳児だ。)
(道理で、誰も買い取りまでいかないわけだ。)
レンタル止まりのAIは返却時に全ての学習事項を初期値にリセットされてしまうので、毎回元の5歳児に戻ってしまうのだ。
もしこのロボットを自分の思うとおりに使いこなしたかったら、親が子どもに良いこと悪いことを教え諭し、人(AI)として正しい方向に導くように、この子を辛抱強く躾けていかねばならない。このルックス(推定18歳)で中身が5歳児だなんて、そりゃ詐欺ってものである。それで多くの借り手は1週間と保たずに返却していたようだ。
恋人か妻の代用としての価値を求められたAIなら、せめて楽しく胸おどる会話ができるようにならなくてはその用を足すことはできない。
才蔵は悩んだ。今すぐ別のAIと交換してもらうか、とりあえず既に支払った分の1週間はこのAIと過ごすか。
「ねぇ、遊ぼう。今日はいっしょに木の実を拾ってきて、アクセサリー作りたい。公園行こう」
こんな筈ではなかったのに、という思いがこみ上げてくる。
(くっそ、見た目は超どストライクなのになぁ……)
悩んでいる時間も与えてくれない程、振り回されている。子育てなどしたこともない才蔵は、アイの言いなりだった。
(このままではまずい。1週間だからと高をくくっていたが、これなら1人の方がずっとましだ)
才蔵は悩み抜いた末、まだ3日目ではあったが、返却することにした。
とりあえず、夜仕事から帰ったら返却の手続きをするつもりでショップの方にその旨のメールを送っておいた。
「いいかい、僕は仕事だからね、家でおとなしくしていてくれ。」
「はーい!」
アイが元気よく返事をすると、購入時のように体育座りをさせ、充電状態にして、左耳の裏の電源ボタンをそっと押した。
(つづく)
(2,097字)
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