B面の10年10万kmストーリー その2 MINIはミニをセルフサンプリングした別のクルマ。BMW E1やi3こそが精神的な後継車だ。
MINI シルバーストンサーキット ミニ生誕40周年イベント オリジナル・ミニ 等速ジョイント スエズ動乱 エコカー フィアット500 フォルクスワーゲン・ビートル 空冷エンジン 後輪駆動 前輪駆動 ミニクーパー クラブマン セルフサンプリング E1 フランクフルト自動車ショー EV i3 カーボンファイバー製シャシー アルミ合金製サブフレーム 観音開きドア 鹿島茂氏
BMWが造るMINIが登場してから20年以上経つけれども、ここまで成功することになるとは、とても発表当時は想像できなかった。
1999年8月21、22日にイギリスのシルバーストンサーキットで行われたミニ生誕40周年記念イベントで「次期型ミニ」として薄い布越しにホンの短い間だけ姿を表したのを一番前で見たけれども、ピンと来なかったのだ。
なぜならば、ボディスタイリングがあまりにもレトロ調が過ぎたからだ。40年間造り続けられてきたオリジナル・ミニの見た目だけを現代風にして、中身の革新が伴っていないように思えた。40年間という長い年月が経過すれば、時代は変わり、技術も大きく進化し、人々の価値観だってガラリと変化している。クルマのカタチが似てくるわけがない。
オリジナルのミニが登場した1959年から、自動車技術は飛躍的に進化した。ミニも部分的には改良されているところはあるが、大きくは変わってはいない。その発想とメカニズムがあまりにも革新的であったがゆえに、40年間そのままだったからなのかもしれない。もしも、他のクルマのように5年や10年に一度とかでモデルチェンジが行われていたら、BMWのMINIもきっとその延長線上にあったのではないか。
エンジニアリング的な革新が成されていなければならない、と僕は無いものねだりをしていたのかもしれない。エンジンとトランスミッションを上下に重ね、開発されたばかりの等速ジョイントを用いることで小型車にも前輪駆動を採用できて、それによってスペースユーティリティを確保し、燃費も向上させることができた。キビキビとしたハンドリングも実現できた。それらはすべて大いなる革新だったから、世界中のクルマに影響を及ぼした。
だが、MINIにはメカニズムには期待した革新はなかった。僕には、“カッコだけ”に映った。
その後に製品となり、各地で試乗もした。
たしかにキビキビとは走るが、中は狭く、その割りにボディは小さくはなかった。
オリジナルのミニの造形には、すべてエンジニアリングの裏付けがあった。可愛いカタチにしたかったわけではなく、“少しでもボディを小さく、軽く、中は広く”というテーマを徹底的に追求していったら、結果としてあのような形状になったというだけなのだ。背景には、当時のスエズ動乱に端を発したイギリスの燃料危機もあった。それに対処したエコカー(現代流に言えば)だったのだ。
同じことは、ミニよりも古いフィアット500やフォルクスワーゲン・ビートルなどにも言えた。どちらも、MINIと前後して現代版が登場したが、MINIよりもさらにエンジニアリングが倒錯していた。どちらも、オリジナルは空冷エンジンをリアに搭載して後輪を駆動しているのに、現代版では水冷エンジンを前に積み、前輪を駆動している。
リアエンジンだからあのスタイリングに決まったのだから、前輪駆動にしてしまったら矛盾も甚だしい。
僕は、MINIを諸手を挙げて賛じることはできなかった。
驚かされたこともあった。1960年代の日本でオリジナルのミニクーパーでレースを戦い、その後はファッションビジネスに従事していた男性は、BMWのMINI クーパーが発売されて、すぐに購入して乗っていた。
「現代の、それもBMWの技術と製造によって造られるならば、そんなに良いことはないとすぐに注文したんですよ」
大満足で乗っていた。
「私に言わせてもらえば、あんなものはミニではない」
そんな言葉を予想していたから、とても意外だったのだ。彼のことやMINIが登場する前後のことは拙著『ニッポン・ミニ・ストーリー』に詳しく書いた。
しかし、それ以後にMINIについてのネガティブな評価を耳にしたことがなかった。それどころか、世界中で売れている。巧みなモデルチェンジを繰り返しながら、オリジナルには存在していなかったボディ形式やパワートレインを増やしながらバリエーションを拡げていった。
数年前に、都内のMINIのショールームを覗いて驚かされたのは、ディーゼルエンジンを搭載した「クラブマン」というステーションワゴンの価格だった。オプションがたくさん付いているとはいえ、総額で650万円に迫っていたのだ。もはや、“エコカー”などとは呼べない。ミニとMINIは、まったく別のカテゴリーのクルマになってしまったのだ。
別のカテゴリーのクルマと考えれば合点がいく。MINIはオリジナル・ミニのデザインイメージをセルフサンプリングしているだけなのだ。
もしも、BMWがオリジナル・ミニが果たしたような、自動車を大きく革新するようなクルマを生み出したいという決断を下すのだったら、きっと「E1」というコンセプトカーを発展させたものになったに違いないだろう。
E1は1991年のフランクフルト自動車ショーに出展されたコンセプトカーで、リアにモーターを搭載し、床下にバッテリーを敷き詰めたEV(電気自動車)だったのだ。
メカニズム構成だけを見れば、E1は後に2013年に登場して発売されたEV「i3」と同じだ。ただ、時代も下ったこともあってi3はより先進的だった。カーボンファイバー製のシャシーにアルミ合金製サブフレームを組み合わせ、観音開きドアを持ったコンパクト4シーターである。
空力的に凝ったエクステリアデザインを纏い、過激とも呼べる“攻めた”設計がなされていた。カーボンファイバーを製造する工場の動力は、すべて太陽光や水力などの再生可能エネルギーで賄われていたほどだ。
その後の小型車の設計に一台革新を巻き起こしたオリジナル・ミニのように、i3もまた始まりつつあった電動化の時代のマイルストーンとなるかに思われたが、2022年を以て製造が終了し、後継車種は現れていない。
時代も変わった。クルマの中身であるメカニズムやその由来などは云々されなくなり、カーマニアや関係者以外の一般の人々は、走りっぷりの細かな違いになど頓着しない。実際に各車の完成度は高く、公道で乗って、違いも感じにくい。
“今のクルマは良くできている”
“違いはあるのだろうけれども、それがどれだけ自分にとって意味のあることなのか?”
“軽自動車と較べてしまえば、高級車はきっとあらゆる部分が素晴らしいのだろう。それは想像できる。でも、その違いは自分には関係ない”
オリジナルのミニが生産され続けた40年間で、メカニズムが進化したのと歩調を合わせるかのようにして、人々のクルマに求めるものも様変わりしていったのだ。そして、その40年からバトンタッチされたMINIがすでに20年を紡いでいる。
今月の「10年10万kmストーリー」に登場してくれたCOOPER Sを4年10万2000km乗り続けているオーナーさんも、その通りだったではないか。
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