アナログ車中泊
VOLVO 240 Wagon(1985)
ボルボ240ワゴン(1985年型)
クルマで旅をして車内に眠ることを「車中泊」と呼ぶことが一般的になって、日本ではずいぶんと経つ。キャンピングカーのような専門のクルマではなく、普段は街で日常的に乗っているクルマで眠るのだ。
写真家のミズカイ ケイコさんは、ボルボ240ワゴンで車中泊をしながら旅を続けている。
「旅をして出会った光景と人たちを撮っています」
この240ワゴンに11年間乗り続けていて、その前はフォルクスワーゲン・ゴルフの第2世代モデルに乗っていた。ゴルフの頃から数えれば、もう20年も車中泊を続けている。
「今でも買い戻したいくらいゴルフは気に入っていました。でも、“対角線に”寝なきゃいけませんでした」
真っ直ぐに寝るためには、もう少し大きなクルマが必要になり、同じフォルクスワーゲンのT3というミニバンか、240ワゴンが候補に上がり、240ワゴンを購入したのが11年前。
ミズカイさん流の車中泊の様子を見せてもらった。出掛けたのは、静岡県のオートキャンプ場「ふもとっぱら」。富士山麓に広がる、人気のある施設だ。東京から2時間ほどで到着する。
久しぶりに乗った240ワゴンは、真四角で最近のボルボとは大違いだ。昔のボルボは、240シリーズに限らずみんな真四角だったし、四角いことをボルボ自ら誇っていた。
それが、ある時からボルボは「これからは、ボルボはデザインの美しさで行く」と宣言。その時は「なに寝言のようなことを言っているんですか!?」と誰も聞く耳を持たなかったが、見事にやり遂げた。ボルボの現行のラインナップにあるクルマはすべて美しく、真四角時代など思い出せないくらいにカッコいいではないか!
そんなボルボの変身ぶりを思い出しながら、あらためて240ワゴンを眺めてみた。
真四角なだけでなく、とても機能的に造られていることがわかる。
後席の座面を引き起こし、そこに背面を倒し込むとフルフラットにトランクルームの床とつながる。と同時に、そこには直方体の広大な空間が出現する。
そのまま寝転んでもたっぷりとした広さだが、ミズカイさんはそこに自分の寝室を作っていく。トランクルームに積み込んできたさまざまな荷物をいったん車外に出し、部屋に敷くのと同じような感じで床にカーペットを敷いていく。
次に組み立てたベッドを床に置き、ベッドの下に荷物を収めていく。寝る位置が天井に近付いてしまい、手間も掛かってしまうが、この方が良いのだという。
「床に寝てしまうと、荷物を置く場所がなくなってしまいます」
細々した荷物をまとめて家庭用のプラスチック製の箱に収め、それをベッドの下に滑り込ませているのも実際的で便利だろう。カーテンも装着したので、セキュリティ上も安心できる。
車中泊を行なったことのある人ならば頷いてくれると思うが、重要なのは人間の眠るスペースを確保するのと同時に、クルマに積んでいった荷物をどこにどう仕舞うかなのだ。運転席と助手席に置くこともできるが、フロントガラス越しに丸見えになってしまって好ましくない。
だから、ホンダ・フリードという小型車の2列仕様などはそこに注力していて、畳んだ後席とトランクスペースの上に大人ふたりが寝ても大丈夫な板を渡し、その下に荷物を収納できるような工夫が凝らされていたりする。
ミズカイさんは20年の車中泊歴を持っているので、実に手際よく進められ、あっという間にベッドルームが完成した。手慣れたものである。
同時に草の上にタープを張り、豆を挽いてコーヒーを点ててもらった。まだ肌寒い青空の中に聳える富士山を前にして飲むので格別に美味しい。
そもそもミズカイさんが車中泊を行うようになったのは、撮影のためだった。カメラ機材や三脚を運ぶためにクルマは欠かせない。日本は鉄道やバスなどの公共交通機関が発達しているというのは都市部の話である。写真家の感覚を刺激するような光景に出会うためにはいくつもの山を越え、川を遡り、海岸線を延々と走っていかなければならない。
シャッターを切るタイミングも重要だ。朝焼け、夕焼け、時には夜間に撮影を行うこともある。天気だって待つ。柔軟かつ機敏に行動するためには、どうしてもクルマでなければならない。
「クルマで行動する自由さは欠かせません」
240ワゴンは34年前に造られたクルマだからそれなりに修復を重ねてきたのかと思われるが、そうではなく極めて丈夫で故障知らずなのだそうだ。
「マフラーが錆びて落ちたくらいです」
ステンレス製のものに交換して以降は問題ない。定期的な法定点検や車検などはボルボジャパンではなく、小島商会という240シリーズを得意としている工場に依頼している。
気に入って乗り続けているとはいえ、ミズカイさんにとって240ワゴンはあくまでも移動の手段であり、撮影のための大切な道具だ。だから、現代でも使いやすいようにいくつものモディファイを加えてある。
カーナビやカーステレオなどは新し目のもので、シートはヒーター付きのものに、キーはリモコンキーに交換されている。現代で、何日も旅を続けるような乗り方をするのならば、どれも必須のものばかりだと同感する。
特に、シートをヒーター付きに交換したのは良い判断だったと思う。車内空間が広いからエアコンで温めるよりも効率的だし、シートヒーターの暖かさは心地良いからだ。
「最近は心境の変化から、撮った写真を人に見てもらいたくなりました。以前は、撮ったことだけで満足していました」
撮った写真を人に見てもらうために、写真展の開催や写真集の発行も準備している。写真集は、車中泊で撮った写真や自分と同じように240ワゴンに乗っている人たちの写真で構成する予定だ。
人に渡すために、240ワゴンを撮ったカードも何種類も作った。
「見知らぬ遠いところに行きたい気持ちはずっと変わりません。ただ、このクルマに乗るようになって、自分の運転が変わりました。先を急がず、人に道を譲るようになりました。それは、240ワゴンの船のようにゆったりした走りに影響されたのかもしれませんね。アナログ志向の自分に合っていると思います」
たしかに、240ワゴンには“アナログ”という例えそのもののクルマだ。撮影でも、フィルムカメラを変わらずに使い続けているミズカイさんにピッタリのクルマではないか。
「造り手が“どういうクルマを造りたかったのか”という意向が伝わってくるところも好きです」
それはボルボが考えるステーションワゴン像が明確で、そのために必要な機能がきちんと備わっているからだろう。
「飽きが来ませんね」
昔からボルボは自社製品が長く使われることを想定し、クルマ造りを行なっている。10年以上前の統計だけれども、スウェーデンでは新車を購入したユーザーがそのクルマを買い換える平均年数が23年だと知って驚かされたことを良く憶えている。
その写真集を早く見てみたい。
文・金子浩久、text/KANEKO Hirohisa
写真・田丸瑞穂 photo/TAMARU Mizuho(STUDIO VERTICAL)
(このテキストノートはイギリス『TopGear』誌の香港版と台湾版に寄稿し、それぞれの中国語に翻訳された記事の日本語オリジナル原稿と画像です)
文・金子浩久、text/KANEKO Hirohisa
写真・田丸瑞穂 photo/TAMARU Mizuho (STUDIO VERTICAL)
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