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支配人・岩村幸雄さんに聞く、ケイズハウス伊東温泉の魅力
熱海駅から複数のトンネルをくぐり、海を眺めながら伊東駅まで23分の旅。駅を出て昭和な雰囲気が漂う街を10分ほど歩くと、松川沿いにひときわ目を引く和風の建物が2軒現れます。通りゆく人が思わず立ち止まって見とれるほどの立派な佇まい。それが伊東の「顔」ともいえる東海館とケイズハウス伊東温泉の建物です。今回は国際色豊かなホステル、ケイズハウス伊東温泉にスポットライトを当てます。
※東海館は廃業した温泉旅館が市に寄贈され、見学可能となった文化施設です。現在は、土日祝日のみ日帰り温泉の利用も可能です。詳細はこちら
※ケイズハウスは「旅人にとって、快適・便利・お得な宿」をコンセプトにしたホステルグループです。まだ日本でホステルが一般的ではなかった2003年に京都でオープンして以来、白馬・東京・富士河口湖・広島・伊豆伊東・高山・箱根・金沢・北海道と日本各地にホステルをオープン。外国人旅行者に日本の魅力を伝える旅の拠点となってきました。公式サイト
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松川通りに佇む、伊東を代表する建物
ケイズハウス伊東温泉は、大正末頃に旅館「大東館」として建てられ、後に旅館「いな葉」に名を変えました。その後、平成19年に約80年続いたその長い歴史に幕を閉じ、平成22年より「ケイズハウス伊東温泉」という新たな宿として生まれ変わったのです。国の登録有形文化財として指定されていて、現在は海外から多くの旅行者を呼び込む人気のホステルとなっています。
※登録有形文化財:近年の国土開発や都市計画の進展,生活様式の変化等により,社会的評価を受けるまもなく消滅の危機に晒されている多種多様かつ大量の近代等の文化財建造物を後世に幅広く継承していくために作られたものです。文化庁 - 有形文化財について
「外国人旅行者に日本の魅力を伝える旅の拠点」として伊東市の中で異彩を放つケイズハウス伊東温泉、その支配人である岩村幸雄さんに宿の魅力についてお話を伺いました。
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20代後半からアメリカに移住し、50歳手前で日本へ帰国。アンティークや骨董品をこよなく愛す。
筆者とは幼少のころからの家族ぐるみの友人で、かれこれ30年以上のつきあいになります。
取材・文・撮影:かねごん
友人を訪ねて伊東へ、ある建物に魅せられて定住
初めて伊東を訪れたのは10年ほど前という幸雄さん。その際にケイズハウスの外観に魅了されたそうです。友人との縁もあり、伊東に定住することになりました。
「伊東に来たきっかけは、徳さん(筆者の父)がいたからなんです。でも、その前から伊東は定年後に住むのに魅力的な場所というイメージがありました。伊東で能舞台が開催されたり、伊豆高原にはアートギャラリーが点在していたりと、文化的な水準が高い印象を受けていました。伊豆エリアは風光明媚で気候も温暖、昔から有名な別荘地ですよね。」
初めて訪れたときにケイズハウスと東海館の前を通って、建物に魅了されたことを話してくれました。
「『え、すごいな、これなんだろう』と驚きました。もともと古い建物が好きでしたから。」
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近所の方との会話で、初めてケイズハウスの存在を知ったそうです。
「もう働いて10年以上経ちます。正直にいうと、この建物が本当に好きで、それでずっと働いているようなものなんです(笑)」
そんな幸雄さんを魅了し続ける、ケイズハウス伊東温泉の建物を案内してもらいました。
ケイズハウス伊東温泉の魅力を解剖
1.玄関
宿の前に着くと、立派な唐破風(からはふ)玄関と「いな葉旅館」と描かれた大きなガラス扉がお出迎えします。「唐破風には「いな葉」の名前を表す稲とスズメがデザインされた木彫りの装飾があるんですよ」と話してくれた幸雄さん。
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唐破風(からはふ)とは、日本の城郭建築などにみられる頭部に丸みをつけて造形した破風の一種[1]。唐と付くが日本特有の建築技法である。
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玄関を入ると、建物の反対側にある松川沿いに生えている松の木が見える開放的な空間。いな葉旅館で使用されていた古そうな時計やレトロな小物などがそのまま置いてあり、時代を感じます。
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2. 1階の共有スペース・ラウンジ
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玄関を入った奥の空間は共有スペース・ラウンジです。「廊下は川と飛び石をイメージしているんです。3‐40年前にリフォームしてますが、全体的に風情があって、デザイン的にも好きなんです。一部、壁の下部分を取り除いてあるので反対側まで見えて、奥行が感じられます」と案内してくれた幸雄さん。
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(右上)日当たりの良いラウンジスペース。暖かい時期は縁側でゆっくりしたくなる。
(右下)広々としたスペースで多くの人がゆっくりしたり、食事をしたりできる。
3. 大広間
階段を3階まで登ったところにあるのが宿泊客が自由に使える大広間。たまにコスプレをした宿泊客が撮影をしていたりするそうです。
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4. 望楼
建物の1番上にある丸い屋根の部屋が望楼(ぼうろう)。望楼とは、遠くを見渡すためのやぐらのこと。三面に大きな窓から光が入り、松川沿いや海まで見渡せます。現在はアーティストのギャラリースペースとしても使用中です。
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5. 3.5階
望楼のすぐ下の階には、3.5階と呼ばれる場所があります。「部屋の入口の上に庇(ひさし)があり、長屋のように小さな家が並んでいるような佇まいがいいんです。」
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心地よい空間の維持
掃除の行き届いた室内は、どこか懐かしいような心地よい空気感が広がっています。
「古いけど綺麗に掃除されている古い建物は、最高だと思っています。うちは掃除のプロは入れてなくて、8名のスタッフで、毎日頑張って清掃しています。」
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そして古い建物ゆえに、メンテナンスは事欠かせません。
「一人、建築畑で昔働いていたおじさんがいて、修理やメンテナンスをしてくれるんです。本当に頼りにしています。やはり古い建物なので、頻繁に細かい修理が必要なんです。障子もよく破られたり、日本の建具は繊細なので、たまに壊されたりしますしね。今年もありましたよ。お客さんが夜にトイレへ行こうとしたら、ふらっとして障子に体当たりして粉々にされてしまいました(笑)。」
修繕を繰り返し、大切に維持してきた建物に多くの海外の宿泊客は感動し、口コミが人気を呼んでいます。
お手頃価格で気負わず楽しめる登録有形文化財
外国のゲストで「ケイズハウス伊東温泉のあの建物に泊まりたくて来ました」という方が多いそうです。
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「この場所を求めて訪れる人が確実に増えています。気軽に泊まることができるホステルというのも人気の一因だと思います。格式の高い旅館に行くと食事が出て、布団を敷いてくれて、結構コミュニケーションする必要がありますよね。海外の人からすると丁寧なサービスに慣れなかったりするので、最初は珍しくて『ワオ!』ってなるんですが、何回も来ている人は『そんなにしなくていいのに』と思ったりするみたいです。」登録有形文化財だけどホステルなので気負わお手頃価格で楽しめるというのはかなりの魅力と言えます。
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「場所がちょっと不便なのにもかかわらず、わざわざ伊東を訪れる海外のお客さんは、歴史的な建物や文化に興味を持つ人が多いんですよ。特にヨーロッパの方は、古いものが身近にあるからか、こうした古い建物を感謝してリスペクトしてくれる方が多い印象です。古いものを愛でながら、大切に扱うって素晴らしいですよね。」建物の魅力もさることながら、湯の街である伊東温泉という立地も大きな魅力。実に多くの海外の宿泊客は温泉も目当てに訪れています。
100%源泉かけ流しの温泉と共に楽しむ古き良き宿泊体験
伊東温泉は湯量が豊富で、別府温泉、由布院温泉と並び、日本三大温泉に数えられています。静岡県内でも最も湯量が多い温泉地の一つであり、1分間の湧出量は約32,000リットル(以下サイト参照)。さすがもともとは老舗の温泉旅館、ケイズハウス伊東温泉ではこの100%源泉かけ流し温泉を滞在中に楽しむことができます。
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「うちの自慢の温泉、文福茶釜(ぶんぶくちゃがま)の湯です。100%源泉かけ流しなので、その辺も流行る秘訣ですね。この宿はもう始めて13年目なので、色々な方に結構知ってもらえています。」
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「小さい貸切温泉も人気なんです。ただ2つしかないから、『いつ行っても空いてないんだけど』とたまに言われます(笑)」
昔の伊東の姿を残しつつ、ホステルという形態の絶妙なバランス
「かつて、松川沿いには東海館やケイズハウスのような和風建築が美しく並んでいたそうです。それは圧巻の光景だったそうですが、現在残ってるのは2件だけです」と語る幸雄さん。この場所は、古き良きを残しつつ、現代のホステルとして蘇り、その絶妙なバランスが輝く特別な場所です。古い建物のメンテナンスは容易ではありませんが、そうした苦労を惜しまない幸雄さんのように心から建物を愛する人々によって、ケイズハウス伊東温泉は今の素晴らしい状態で維持されているのだと思います。
これからも手をかけて修繕を続けながら、国内外からの多くのゲストに伊東の素晴らしい和風建築を堪能してもらう機会が続くことでしょう。建物を大切にする心が、訪れる方にも伝わり、ケイズハウス伊東温泉が愛されるもう一つの理由で言えます。ケイズハウス伊東温泉を一つのモデルとして、今後も日本の美しい古い建築が新たなビジネス形態と結びつき、継承されていくことが筆者の願いです。
ケイズハウス伊東温泉
<住所>〒414-0022 静岡県伊東市東松原町12-13
<ウェブサイト>https://kshouse.jp/ito-j/index.html
<お問い合わせ>ito@kshouse.jp
<アクセス>JR伊東駅 徒歩7分
<料金>1名様料金 (1名様1台利用時) 2,950円 ~(ドミトリー)