ZOMBB 12発目 商売繁盛
「あいつら大丈夫かな。
フィールドで相当弾ばらまいてたからな」
パイプ椅子に身を預けたまま、
貫井源一郎は誰に言うでもなく、つぶやいた。
あいつらとは無論、坂原隆の妻子を救いに向かった、
彼の兄である坂原勇たちのことだ。
たしかに相模原のサバイバルゲームフィールドで
数百体のゾンビに囲まれた時、
モーニング・フォッグのメンバーは
雨あられとBB弾をばらまいた。
それは坂原兄弟にとっても同じ事だった。
彼らはエチゼンヤを出る時、
BB弾やバッテリーの補充をしたのかどうか、
誰もそれに気づいてなかった。
もし、バッテリーに電力がなくなれば、
電動ガンは役に立たない。
おそらく彼らもサイドアームに
ハンドガンくらいは持って行ってはいただろうが、
しょせんはハンドガンだ。
予備マガジンを持っていたとしても、
弾数はたかがしれている。
特に弟である坂原隆、コードネーム・山猫は
ハンドガンを持たない主義だ。スナイパーである彼は、
東京マルイ製VSR—10プロスナイパーという
狙撃銃に絶大な信頼を寄せている。
相手が数体のゾンビなら、百発百中の彼の腕前だ。
簡単に片付けることも容易だろう。
だがもしゾンビの数が予想を上回っていたら———。
その場にいたメンバーの間に不吉な空気が漂う。
それを察して、貫井源一郎が口を開きかけた時だった。
ガンッガンッガンッガンッガンッ
降ろされたシャッターをけたたましく叩く音が、
突如として沈黙を破った。
「ゾンビか?」
丸山信也が立ち上がりながら、
G36Cカスタムを身構えて立ち上がった。
伊藤店長は用心深く入り口に近づいた。耳を澄ます。
すると人間の声が聞こえてきた。
それも一人や二人ではない。
伊藤店長はガラス扉を手動で開くと、
シャッターをゆっくりと上げていった。
「店長ッ?」
久保山一郎も店長の行動に驚いて、
思わず呼びかけた。
すると伊藤店長は肩越しにかすかな笑みを浮かべて、
安心するように首を横に振った。
シャッターの向こうにいたのは大勢の人々だった。
五十人以上はいるだろう。
その年齢も幅広く、十代くらいの少年から、
九十歳近い老人までいた。彼らは口々に叫んだ。
「ここに鉄砲売ってるんだろ?
俺たちに売ってくれ!」
彼らは言うが早いか、店内に流れ込んできた。
全員はいった所で伊藤店長は再びシャッターを閉じた。
「鉄砲?本物の銃じゃないですよ。
トイガンですから・・・」
「そんなことわかってる!
あんたらテレビ見てないのか?」
その中の、上下ジャージ姿の中年と思しき男が
口角に泡を飛ばして叫んだ。
「テレビ?」
伊藤店長はそこで初めて、
店の片隅にある21型の液晶テレビの電源を入れた。
店内にいるモーニング・フォッグのメンバーはもとより、
なだれ込んできた者たちも食い入るような視線を
テレビ画面に注いだ。
画面には女性のニュースキャスターの解説と共に、
異様な映像が映し出された。
そこには自衛隊の駐屯地に保護された人々が映し出され、
公民館に避難している人々もいた。
その女性キャスターは言葉を続けた。
『世界的なゾンビ騒動は留まる事を知らず、
犠牲者は日に日に多くなっています。
しかし、自衛隊はゾンビとはいえ、
国民に実銃の発砲は許されておらず、
この非常事態に総理大臣を初めとする各閣僚も
緊急招集され会議がなされ・・・』
「何やってんだ、政治家はこれだからこまる。
なんのための自衛隊なんだ」
貫井源一郎が腹立ちまぎれにつぶやいた。
女性キャスターの言葉は続いた。
『しかし、光明も見えています。
巷にあふれたゾンビは非常に脆く、
棒切れやバットで頭を殴打すれば
動かなくなると言う事です。
それにはゾンビに接近しなければならず、
大きなリスクを伴います。
そこで、トイガンと呼ばれる直系6ミリの
プラスティック弾を発射する銃を使えば、
遠距離からでも倒せる事がわかりました。
日本中のサバイバル・ゲームチームが立ち上がり、
トイガンを手にゾンビたちと戦っています』
その解説と同時に、テレビ画面が切り替わる。
そこには迷彩服と、
ゴーグルをかけたサバイバル・ゲーマーたちが、
次々とゾンビたちを倒していく姿が映し出された。
『———尚、自衛隊もこのトイガンの導入を検討しており、
業界最大手メーカーの東京マルイをはじめとする
KSCやクラウンなどへの要請も始められたようです・・・』
ジャージ姿の中年男が振り返った。
「そういうことなんだ。俺たちも武装したい。
ここにあるトイガンを売ってくれ!」
他の皆も口々に賛同する。
伊藤店長の表情が満面の笑みを浮かべた。
「へいッ!まいど!」
そこには狭い店内に所狭しと、トイガンとBB弾、
バッテリー、ガスボンベを買い求める人々で埋まった。
あっという間に、ほとんどの商品が売り切れた。
トイガンを買い込んだ人々は店を出て行った。
さっそく外にいるゾンビを撃って
歓声を上げている者の声が聞こえた。
伊藤店長はシャッターを再び閉め直し、
レジに入りきれない札束を数えている。
その顔はだらしないほどにニヤけていた。
「毎日、これだけ売れたらいいんだけどね」
伊藤店長のその言葉を聞いて、次郎はムッとした。
こんな日が続けばいいだと?
ゾンビが徘徊するこんな世界が?
こんなことが続いたら、会社にいけなくなるし、
毎日サバイバルゲームやってるようなもんじゃねえか。
それもゾンビを打ち倒しながら・・・ん?
たしかにそれもいいかも。
いや、それはいい。会社なんてどうせオレは契約社員だし、
時給860円でこき使われて、景気が悪くなったら、
いつクビになるかもしれんのだし・・・。
次郎の顔に邪悪な表情が浮かぶ。
「ところで店長。
俺たちのバッテリーと
BB弾は残してあるんだろうな?」
貫井源一郎が問いかけた。
「あ・・・忘れてた」
「あんだと?」
モーニング・フォッグの面々に殺気が立ち昇る。
「いや、さっき言ってたモールに
こじんまりした店だけど、エチゼンヤの支店があるんだ。
品数は少ないけど、BB弾とかガズボンベは
まだ残ってると思うよ。ははは・・・」
伊藤店長は冷や汗を掻きながら、言い訳のように言った。
「じゃあ、モールに行ってみるか」
と久保山一郎。
「いや、その前に出て行った坂原兄弟が心配だ。
あれからもう三十分近く経ってる。
もう帰ってきてもいい頃だ。
もしかしたら何かトラブルに
あっているのかもしれん」
貫井源一郎は顎に生えた無精ひげをなでながら言った。
そして彼の視線は、おもむろに次郎に向いた。
「ダンボール、様子を見てきてくれ」
「は?何でオレが?」
「お前、パワードスーツで戦ってただろ?
ってことはそのAK47βスペズナズのバッテリーは
充分電力が残ってるはずだ。
それともうひとつ、お前スクーターに乗ってるだろ?
あれなら目立たずに移動できるはずだ」
次郎はなんげりした表情で天井を見た。
「念のために600連多弾数マガジンを装備しとけ。
もちろん腰のグロック17もフル弾数詰め込んでおけよ」
なんだかオレが行く事になってる雰囲気だ。
ま、いっか。相手はたかが『やわらかゾンビ』だ。
それに向こうには、アジアのランボー、山猫もいる。
貫井源一郎は坂原隆の自宅マンションまでの
簡単な地図を書いて、次郎に渡した。
さあてと、ひと暴れしてくるか。
次郎はAK47βスペズナズを背負うと、
腰のビアンキ・ホルスターに
愛用のKSC製グロック17を差し込んだ。
そしてハナクソをほじりながら、
エチゼンヤの裏口から出て行った。
それが壮絶なゾンビとの戦いになることも知らずに・・・。
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