呪会 第10章
雲ひとつない、つきぬけるような秋空の下、
校舎の屋上ではいくつかの生徒たちのグループが
昼食をとっている。
その中にフェンスによりかかっている宮島祐介と、
彼を取り囲むように立っている亜希子、里美、
真湖、祥子の姿があった。
「そうか・・・そんなメールが来てたのか」
亜希子は呪会から届いたメールを祐介に見せたのだ。
(To 亜希子さま
おめでとうございます。
菅野好恵は削除されました。
今度はあなたの番です。 呪会より)
それを見て、祐介は考え込んでいるみたいだった。
時おり、紙パック入りコーヒーに
突っ込んだストローをズズッとすすっている。
「それで日向はどう判断したんだ?」
祐介は横目でちらりと見るように、
亜希子の様子をうかがった。
その問いに答えたのは里美だった。
「どう判断って、あれは殺人事件で、
人を呪い殺すっていってる呪会とは
何の関係もないってことでしょ。
それに、その好恵って子、
援助交際やってたそうじゃない?
だったら恨みを買うことだって
あったんじゃないかな?
それともストーカーとかさ・・・」」
里美は腕を組んで祐介に挑みかかるように言った。
祐介はそんな里美には見向きもせず、
視線は亜希子を見つめたまま訊いた。
「日向もそう思ってるのか?」
祐介も、もうひとつの可能性に気付いているのだ。
亜希子はそう思った。
「私、気になってるの。呪会からのメールにあった
今度はあなたの番です―――って言葉」
亜希子は祐介の瞳を見返して言った。
「それは単にあなたも次はだれかを
呪ってってことじゃないの?」
そう言ったのは祥子だった。
里美も同意するようにうなずく。
「そうかもしれないし、
そうじゃないかもしれない」
祐介は紙パック入りのコーヒーをすすりながら言った。
「どういうことなの?わかるように言ってよ」
里美が口をとがらす。
「もしかしたら、
菅野さんを突き落としたのは呪会の
会員じゃないかって・・・」
そう言った亜希子の声は少し震えていた。
怖れていたこととはいえ、
実際、言葉にするとそれは実像を結んでしまう。
それを聞いた里美、祥子、真湖は絶句した。
「呪会の会員が・・・・?」
祥子の声も震えている。
「オレが説明していいか?」
言葉を詰まらせている亜希子を気遣い、
祐介が亜希子の後をとった。
「つまりだ、呪会の『呪い殺すリスト』
に登録されている人間は
会員であれば誰でもその個人情報を閲覧できる。
その名前を書き込んだ本人でなくても
その人間の名前や住所を知ることが
できるんだ。だから・・・・」
「だれかが自分の代わりに殺したっていうの?」
祥子が疑わしげな視線を祐介に向けた。
「それにもし誰かがやったとして、
報酬なんてあるの?」
里美は黙りこくっている亜希子の顔を
のぞきこむように言った。
「いえ・・・そんなものはないわ」
亜希子は蚊の鳴くような声で答える。
「元から報酬なんて求めてないさ。
自分の怨んでいる相手を誰かが殺してくれる・・・
だからそのお礼に自分は他のだれかが
呪っている人間を殺す・・・」
祐介の言葉はまるで呪文のように聞こえた。
「そんな・・・!」
里美は顔をこわばらせてつぶやいた。
「その可能性がないとは言えないということさ。
確かな証拠があるわけじゃない」
祐介はそう言うと、
飲み終わったコーヒーの紙パックを,
クシャッっと握り潰して近くのごみ箱に投げ捨てた。
さらに祐介は言葉をつないだ。
「もしそうなら、日向の携帯に届いた
呪会からのメールにあった、
次はあなたの番ですという言葉の意味も通じる・・・」
「でも、それって宮島の推理でしょ?
証拠がなきゃ・・・」
里美はなおもその意見に反対の態度をとった。
それには理由がある。
もし、祐介の言うことが事実で、
今回の事件で菅野好恵が、呪会の会員によって殺されたのなら、
それは亜希子が『呪い殺すリスト』に
彼女の名前を書いたからだ。
それは亜希子にどれだけの苦しみを与えるだろう・・・。
それを考えると里美は
祐介の意見を否定せざるを得なかった。
「ああ・・・たしかに証拠がなきゃだめだ。
それを確かめる方法がひとつだけある」
そこで言葉を切ると、
祐介は亜希子の瞳をじっと見つめて言った。
「日向、オレを呪会の会員にしてくれ」
亜希子は驚愕して祐介を見返した。
祐介の言葉に、その場にいた誰もが驚いた。
「どうして・・・そんなこと」
亜希子の声は震えていた。
祐介の意図がつかめないでいた。
祐介はよりかかっていたフェンスから身を起こすと
4人を見まわして言った。
「すでに削除された人間が本当に死んだのか、
検証することはできない。
でもこれから削除される人間が
どうなったかを確かめることはできる」
そこで一呼吸すると、言葉を続けた。
「つまりだ。『呪い殺すリスト』に書かれた名前と、
全国で起こった殺人事件、
もしくは事故として処理されている事件などの
被害者の名前を照らし合わせるんだ。
もちろん、『呪い殺すリスト』に書かれた方が
時間的に先じゃないといけないけどね」
「なるほど、もし一致する名前が多ければ、
〈呪会〉がなんらかの形で
関わってる可能性が証明されるってわけね」
里美が納得したように言った。
「でも、それって大変じゃない?
全国の事件事故をリストと照会するって・・・」
真湖が眉を寄せた。
「ああ、その通り。かなり骨の折れる作業さ。
でも、やる価値はある。
もし呪会が殺人事件に関与しているって
証明されれば警察だって動くに違いない」
祐介の瞳は強い決意を示していた。
「そのためには、いつでも『呪い殺すリスト』を
確認できる必要がある。だから会員になるのさ。
そうすればいつでもリストを閲覧できる」
祐介は胸を張って言った。
「でも・・・」
亜希子は言い淀んだ。
たしかに祐介のアイデアに賛成だ。いまのところ、
その方法しか呪会の関与を確かめることは
できないだろう。
しかし、そのために
祐介を呪会の会員にするなんて・・・。
「もし、呪会がハッタリだけの
カルトサイトだったら会員になってても
何の問題もない。でも、もし殺人集団だったら、
その証拠をつかんでぶっ潰す。
だから会員になっても、ケリがつくまでだ。
心配ないさ」
そこで、里美が吹き出した。
「何がおかしいんだよ!オレはマジだぜ」
「ごめん・・・」
里美が祐介に向けて手刀を切った。
さらに、口をとがらせている彼を指さして、
亜希子に言った。
「ねえ、アッキー。祐介に任せたら?
こいつアッキーの力になりたいんだよ」
「こ・・・この米倉・・・」
祐介は顔を紅潮させて、そっぽを向いた。
亜希子をさとすように里美が言う。
「それにさ、そのリストに書かれた名前と、
事件事故の被害者の名前の照会も
私たちだって協力するからさ。
5人がかりでやればなんとかなるわよ」
祥子と真湖もうなづく。
たしかにこのままでは呪会の呪縛から逃れるすべはない。
それになによりも、祐介をはじめ、里美達の友情を無にしたくない。
「ありがとう・・・みんな」
亜希子は溢れる涙をおさえられなかった。
そんな亜希子を元気づけるかのように、祐介がガッツポーズをとる。
「よし!決まりだ!さっそく作戦開始!」
彼の耳のそばに近寄り、里美がそっとつぶやく。
「よかったね~。
アッキーとお近づきになれて」
「! 米倉ァ~~~」
祐介は顔を紅潮させながら、逃げる里美を追いかけた。
その彼の後ろ姿を見つめながら、
亜希子はほんのりと
熱い胸の高鳴りを覚えていた・・・・・。
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