呪会 第9章
缶コーラを一口飲むと、
亜希子はいくぶん落ち着きを取り戻した。
それでもまだ、涙のせいで瞼がはれている。
「でもさ、アッキー。なんで例の列車事故と
呪会が関係してるって思ったの?」
そう尋ねたのは祥子だった。
だが、その問いに答えたのは里美だった。
「だって、その菅野好恵って女が
『呪い殺すリスト』に登録されてて・・・」
そう言ってから、そっと亜希子を気遣うように、
声をひそめた。
亜希子は大丈夫だよというように、
里美に向ってかすかに微笑んだ。
「アッキーは当然、
呪会がからんでるって思うじゃない」
里美はそう言うと同意を求めるように、
亜希子を見る。
「それだけじゃないの。昨日、帰りのバスの中で、
こんなメールが届いて・・・」
亜希子は携帯電話を開くと、
呪会から届いたメールを里美達に見せた。
それを読んだ3人は、一様に驚きの表情を見せた。
「おめでとうございます。菅野好恵は削除されました。
今度はあなたの番です。 呪会より―――か」
里美がつぶやくように言うと、
祥子が何かに気づいたように口を開いた。
「でも、これってよく何か大きな事件があると、
後になってあの事件は、私がずっと以前から
予言してましたって言ってる
エセ超能力者のパターンに似てない?」
「そうね。後からだったらなんとでも言えるわよね。
こう言っとけば、自分たちの力を誇示できるし・・・。
安っぽいブラフだわ」
里美が鼻で笑うように言った。
「でも、もし本当だったら・・・?
あ、ごめん、アッキー」
それまで無口だった真湖が、
もう一つの可能性を述べた。
「じゃあ真湖は、呪会が・・・
その会員達が呪い殺したっていうの?」
里美は挑むように、真湖に言った。
「別にそういうことじゃないけどさ・・・」
それきり真湖は閉口した。
「とにかく、すべては偶然。
アッキーのせいじゃないわ」
里美は言いながら、亜希子の肩をポンとたたいた。
「宮島君とアシンメトリーのマスターも
同じこと言ってた」
亜希子がポツリと言うと、
里美が少し驚いた顔で訊いた。
「アシンメトリーって、
あの暇そうな喫茶店?あの店のマスターが
なんか関係あるの?」
亜希子は、アシンメトリーのマスターが
祐介の叔父にあたる人物で、
元刑事であることを説明した。
これには里美も祥子も真湖も、驚きの声を上げた。
「え~マジ~?宮島のおじさんがね~」
里美はおもしろがっているようだ。
「その元刑事のおじさんも
言ってるんだから、間違いないよ。
呪会からのメールだって、説得力ないし。
これでもうアッキーは
いつものアッキーに戻っていいんだから」
里美の力強い言葉に、亜希子は胸が熱くなった。
その時、亜希子の携帯電話が鳴った。
亜希子は一瞬身体をこわばらせるが、
表示された名前を見て安堵した。
電話は祐介からだった。
亜希子はわずかに胸の鼓動を昂ぶらせて、
通話ボタンを押した。
「もしもし、宮島君?あの、今日、
学校休んだことなんだけど、
宮島君のせいじゃないから―――」
すると、亜希子の言葉をさえぎるように、
祐介は慌てたような早口で言った。
『その話は後だ。日向、テレビをつけてみろ。
○○TVのニュース番組だ』
亜希子は何か得体のしれない不安を抱きながら
テレビのリモコンに手を伸ばした。
26型の薄型液晶テレビに画像が
映し出されるまで少し時間がかかった。
亜希子は祐介の言っていた
テレビ局にチャンネルを合わせた。
見なれたいつものニュース番組が映し出される。
亜希子の不穏な雰囲気に気づいた里美が、
亜希子の手の中に握りしめたままになっている
携帯電話を取ると、耳にあてた。
「もしもし?宮島?・・・あ?今見てるわよ・・・
その話、たった今アッキーから聞いたばかり・・・
どうしたのよ・・・見ればわかるって?」
里美もニュース番組に視線を移した。
テレビ画面向かって右側に立っている、
新人の女性ニュースキャスターが
手にしたニュース原稿を読み始めた。
『3日前、○○線下りで起こった
女子高生列車死亡事故の様子が
当時、ホームに設置された監視カメラに
撮影されていたことがわかりました。
映像を調べた結果、事故直前、
被害者の女子高生の背後に
不審な人物が確認されており、
この人物の行動からこの事件は事故ではなく、
殺人事件の疑いが強まりました。
では、問題の映像です―――』
画面が切り替わり、
モノクロの不鮮明な映像が映し出される。
ホームの天井から撮影されたもののようだ。
俯瞰の位置から、
ホームにまばらにいる人たちをとらえている。
画面右端にホームと線路のギリギリのところに
女子高生が立っているのが
わかる。彼女が菅野好恵だろう。
亜希子はまだ手にしていた
テレビのリモコンを握りしめた。
亜希子には画面の女子高生が
菅野好恵だとはっきりわかった。
粗い映像でも、彼女の成熟した
プロポーションが認識できる。
それになによりも、
その自信に満ちた態度が
画面からでも伝わってくる。
菅野好恵は耳にしたイアホンから、
何か音楽を聴いているらしく、
右足で軽くリズムをとっている。
すると一人の酔っ払いらしき男が、
彼女の背後に近づいた。
一瞬、画面を食い入るように
見ていた亜希子たちに緊張が走った。
だが、好恵はその酔っ払いにすぐに
気づいて一瞥を食らわせたようだ。
画面ではよくわからないが、
すごすごと去っていく酔っ払いの様子からも、
容易に想像できた。
その直後に耳をつんざくような、
けたたましいホームのベル。
あまりの音量に音が割れた。
同時に映像にノイズが走り、画面が乱れる。
その時、また一人、好恵の背後に近付く人影があった。
人影はサラリーマン風の男性のようだ。
短髪で、左肩に黒い通勤バッグを掛けている。
俯瞰からの視点で、しかも背後からの映像、
それに画質も粗いため年齢や
その他の特徴の判別は難しそうだ。
今度はそれに気づく様子は好恵にはなかった。
イアホンから流れる音楽に気をとられているのか、
それともベルの音にその男の気配が
かき消されているのか・・・。
ふいにその男が好恵の背に手を伸ばした。
それにやっと気付いたのか、好恵も振り向く。
男は好恵を突き飛ばすように押した。
好恵は振り向いたままの姿勢で
ホームへと消えていく・・・・・。
次の瞬間、列車がその上を通過していった。
祥子が短い悲鳴をあげた。
里美の生唾を飲み込む音が聞こえた。
亜希子は思わず強く瞼を閉じた。
好恵をホームへ突き落とした男は、
何事もなかったかのように左を向くと、
そばの階段を駆け登っていった。
最後までカメラに、
その顔が映ることはなかった。
『この映像から、被害者の菅野好恵さんは
何者かに殺害された可能性が
強まりました。管轄である××署は
捜査本部を設置し―――』
再び女性アナウンサーが画面に現れ、
無表情で経緯を語った。
しかし、その内容など亜希子の耳には届いてなかった。
(あれは事故ではなく殺人・・・・!?
だとしたら呪いなんかじゃないってこと・・・・・?)
「やっぱり呪いなんかじゃなかったね・・・」
重苦しい沈黙を破って、里美が言った。
続いて言葉をつなぐ。
「これで、アッキーには何の責任はないってことが
証明されたってわけね」
亜希子の肩を優しくたたく。
でも亜希子の心は少しも軽くならなかった。
何か不安をかきたてるものが意識の中に居座っているのだ。
それが亜希子に気付かれようとして、
じっと見つめている。
たしかに菅野好恵が呪会による呪いではなく
殺人であれば、双方に何の関係もないようにみえる。
だが、本当にそうだろうか・・・?
亜希子は里美に握られている自分の携帯電話を手に取った。
それはすでに祐介との通話が切れていた。
亜希子はメールボックスを開くと、
呪会からのメールを表示させた。
(次はあなたの番です――――。)
この言葉の意味することが、
それを伝えているように思えてならない。
里美が言うように、殺人事件であるならば
亜希子に責任はないかもしれない―――。
だが、そうでない可能性が頭をもたげ、
亜希子を内側からじっと見つめている。
それはふいに立ち上がると、
亜希子の意識を侵し始めた―――――。
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