草笛双伍 捕り物控え一 鬼平暗殺1
「30人ものならず者を相手にするとは、
あなたは無茶されるお人だ」
苦笑いしながら言ったのは玄田元禄だ。
玄田元禄の営む養護院の奥座敷に、双伍は寝かされていた。
体のあちこちに、包帯が巻かれている。
「しばらくはここで、安静にしていなくちゃ
いけませんよ。無理に動けば傷口が開く」
玄田元禄はそう言うと、治療部屋に戻っていった。
双伍は無言のまま、天井を見つめていた。
こんな大怪我をしたのは久しぶりだ。
ふと、あの記憶を思い出す―――。
あれは4年ほど前のこと・・・。
戦国の時代には、各戦国武将がそれぞれに忍びの部隊を保有していた。
偵察、密偵、謀殺、暗殺に至るまで、あらゆる影の仕事をやっていた。
だが、時は徳川の時代になると、
世は平安となり、忍びの必要性は薄くなったきた。
というより、むしろ疎ましい存在となり始めたのである。
忍びの技は、敵対する相手があってこそのもの。
その相手が遠方に飛ばされ、徳川幕府の直接的な
脅威とならない今は、忍びの存在が逆に邪魔になってきたのだ。
全国の忍びはお勤めが激減していく。
ある者は野盗、盗賊にまで落ちた者も少なくない。
現に、双伍のいた<風魔>も例外ではなかった。
双伍は若くして<風魔>16代目の頭領、
小太郎の名を襲名したが、
その最初の部下たちへの命令が<解散>であった。
<風魔>は特に暗殺を得意とする流派。
江戸幕府からは最も疎ましい存在でもある。
そのため、徳川家を筆頭に各藩が、
<風魔>などの暗殺集団を殲滅しようとするのは
必然の理であった。
そこで、双伍は部下たちに命じた。
今後は忍びの技を封じ、農民、町民となって
暮らしていくことを・・・。
当然のことながら、それに反目する者も少なくなかった。
その中に双伍の実の弟、幻也もいた。
幻也は双伍より二つばかり年下だった。
忍びとしての才は、お世辞にも優れているとはいえなかった。
幻也は元来、おとなしい性格で、忍びに必須な
勇猛さ、そして冷静さが欠けていた。
それでも双伍は幻也を可愛がっていた。
両親の顔も知らぬこの兄弟は、
互いにこの世にたった一人の肉親でもあったからだ。
双伍は<風魔>を解散した後、幻也を連れて
旅に出た。これから第二の人生を求めての旅だった。
そんなある日、旅籠に宿をとっていた双伍は、
目が覚めると、幻也の姿が消えていることに気付いた。
その代わり、双伍の枕元に書簡がしたためられた
封書を見つけたのだ。
そこには、弟・幻也を誘拐している旨が書かれていた。
そして、弟を無事に帰して欲しくば、依頼を実行せよとも
書かれていた。
その依頼とは、
長谷川平蔵火付盗賊改方の暗殺だった・・・。
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